氷の人形


「考えるな! 感じるな! お前らは暗殺者、任務のためだけの人形になりきるのだ!」



「その程度でへばっているんじゃない、下種女! またひっぱたかれたいのか!?」


「もっと舌を使え、その程度じゃ敵国の男を骨抜きにできんぞ!」
「自分が気持ち良くなっている暇があったら、もっと腰を動かせ!」



「さぁ、早く俺を殺すんだ!」
「そんなこと、できない!」






ベッドの上に跳ね起きる。
見渡してみると、牢屋を思わせる陰湿な石造りの狭い部屋……レスカティエ教国の暗殺者に与えられる、秘密の部屋だ。
その部屋で仮眠を取る私は当然、レスカティエ教国の暗殺者だ。
『また、いつもの夢か……』
軽くため息をつき、私は粗末なベッドから降りる。
自分の仕事の時間になる夜になるまで部屋で仮眠をとっていたのだが、また悪夢を見たようだ。
暗殺者、子どもの首を掻き斬ろうが、家族を手にかけようが、自分が死のうが、任務のためには何でもする、氷のように硬く残忍な心を持つように鍛えられた存在である。
私もそのひとりだ。
だが、それでも私は毎日のように悪夢を見る。
私のトラウマを再現する悪夢だ。
教国の人形になるように鍛えられても、私はやはり人間のようだ。
まだ人間の心が残っていることを嬉しく思う反面、まだまだ未熟だとうんざりする。
もう一度ため息をついて私はレスカティエの紋章が入った、女が被るにしては少々大きいベレー帽を被った。
「行ってきます、兄さん」
元の持ち主であり、もうこの世にはいない兄にそう言う、私は部屋を後にした。
この後に大事態が待ち受けていることなど、私は知る由もなかった。




「や、やめっ……やめてくれ! また、また出るっ!」
「ママーっ! 助けてーっ! うわーーん!」
「やだぁ! 魔物なんかになりたく……ふぁああっ! でも……気持ちいいのぉ!」
甘い魔力と一緒に、嬌声や悲鳴、助けを呼ぶ声が、民家の屋根の上で身を隠しながら走る私に聞こえてくる。
だが、私は脚を止めない。
止めて助けると言う選択肢を持たない。
任務のためなら見ず知らずの一般人には目もくれない……それが私たちだ。
ちらりと視界の端にレスカティエ軍の制服をまとった女伝令兵が城に向かって、私と同じように一般人には目もくれず駆けているのが映った。
おそらく、勇者であればこの状況を打破してくれると一心に信じて。
だが……
『もう、勇者は頼れないと言うのに』
人に同情する気持ちを持ち合わせない私の心に、彼女の努力を哀れむようなものがちらりと浮かび上がる。
つい先程、私たち暗殺部隊はレスカティエ教国の幹部に呼び出されて、現状と任務を告げられた。
もうすでにレスカティエ教国はほとんど魔界として堕ちていること、さらに勇者ウィルマリナや魔法少女ミミルなど、教団の最主力である勇者が魔物の手に堕ちたこと……
『残された手段はただ一つ。敵軍の総大将を討ち取って敵軍の混乱を狙うことだ』
命じるだけで何もできない幹部の言葉が脳裏に蘇る。
確かに、残された手段はそれしかないだろう。
だが今回の、レスカティエを強襲してきた魔物達の頭は魔王の娘、リリムであるという情報があった。
はっきり言って無理、無謀、無茶の三拍子が揃っている。
さらに5人組で行動していたが、すでに私以外の4人は魔物に捕らえられてしまった。
それでも、私は総大将を探して走っていた。
暗殺者は、考えることも感じることも疑問を持つことも許されない、氷の心をもつ人形なのだから……


大人数で襲撃をかける時、頭は見晴らしの良いところで指揮を取るのが定石だ。
果たして、その通りだった。
白い翼と尾を持ち、女を体現するかのような体つきの淫魔……リリムが中央広場の中心にある噴水の上で浮遊している。
跳躍すればこのナイフで頚動脈を掻き斬ることが出来る高さだ。
そしてそのリリムは何か一段落でもついたのか、こちらに背を向けたまま軽く伸びをして警戒心を解いている。
『好機……!』
物陰から飛び出して一気に私はリリムの背後に向かって駆け出す。
跳躍してナイフをその白い首筋に……
「ざぁんねん♪ そうはさせましぇ〜ん♪」
突然足首を何者かにつかまれ、私は墜落した。
落ちたというのに地面に叩きつけられた感触もなければ濡れネズミになることもなかった。
何か、ぷるぷると弾力のあるものに受け止められた感じ……
「危ないじゃなぁい、全く……でも他の魔物に捕まらずにここまで来たのは褒めてあげる」
私を掴み、受け止めた者が話しかけてくる。
半粘液状の身体を持った魔物……その身体の色は紫色、その半透明の身体の奥に子どもの落書きのような顔がある球体が浮かんでいた。
ダークスライムだ。
「メジスト、手間をかけてしまったわね。助かったわ」
私の襲撃に驚いた様子もなく、リリムが
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