ここは、とある田舎街にあるちょっと大きなホテル【福来ホテル かみおりの宿】……
そのホテルの住み込み従業員に当てられた部屋で稲荷の琴葉は『準備』をしていた。
彼女には鈴木 大地という恋人がいるのだが、彼はここから少し離れた都会に住んでいてちょっとした遠距離恋愛だ。
二人は二週間に一度のペースで琴葉が働くホテルか、大地のアパートで過ごす。
明日は琴葉が大地のアパートを訪ねる日だ。
今、彼女はその準備をしていた。
ふりふりと揺れる二本の狐の尻尾が彼女の機嫌の良さを表している。
「なんや、今から楽しみでしゃあないって感じやなぁ」
そんな彼女に後ろから声をかける者がいた。
琴葉が振り返ると部屋の入口で壁にもたれている、五本の尾を持つ稲荷がいた。
琴葉の母親、美琴である。
「まぁ、夜の方も楽しんでおるみたいやしね」
突然の母親の言葉に美琴は顔を赤くした。
「ちょ……かか様、急に何を言うん? なんでそないに思うん?」
「肌の様子とかを見て…」
母親の答えに琴葉の顔がさらに朱に染めた。
もう、と言って琴葉は顔を伏せて準備を続ける。
「そやけどねぇ、琴葉。うち、心配なんやわぁ」
準備をしていた琴葉は手を止め、美琴の方を見た。
今の琴葉と大地の関係に母親はなにか心配事があるのだろうか……
「琴葉、エッチを大地に任せきりにしてへん? ずっと受身なのとちゃう?」
なんの話かと思えば引き続き艶事の話だったので、思わず琴葉は脱力した。
しかし、美琴の考えてみれば指摘通りだ。
前戯の時は手で大地を愛撫したりはするが、それ以降は常に大地に任せている気がする。
「なんでそないに思うん?」
「図星やったか。自慰も恥ずかしがる琴葉さかいに、そないなことやないかと思てたんやけど……」
母親だけあって琴葉の性格も理解し、そして現状も見ていないのに見抜いていた。
「せやかて、うちはどないすれば……」
琴葉は、色事に興味はあるが恥ずかしい気持ちが先行してしまう。
加えて今まで生きてきた時間の大半を母の美琴と二人で静かに山奥で過ごしていたため、性の知識も稲荷にしては少し疎いところがあった。
戸惑ったように訊ねる琴葉に美琴はにこりと笑って答える。
「そやね……まずは、上になってみや。大地くん、きっと喜びはるよ?」
「えっ……」
再び琴葉の顔が赤くなり、狐の耳がぴこぴこと動く。
上になる……つまり騎乗位などのことだろう。
知識はある。
だが美琴の指摘通り、自慰をするのも恥ずかしがったりする琴葉には、自分が大地にまたがるという選択肢は頭になかった。
『き、気持ちいいんやろうか…?』
興味はある。
だが……
「せやかて、どないに動いたらええか分からへんし……」
「仕方ないなぁ、そないな琴葉に稲荷の性技の秘伝書を貸しますぇ」
そう言って美琴は勢い良く手を差し出す。
その手には一冊の書……
「いや、かか様……そらどないに見たってホテルにあった女性誌やない……」
確か人間の女性も読めるもので、成人指定されていないソフトな雑誌である。
古いものなので、処分されるはずだったのだが…
「ええから持っていきよし。きっと役に立つわ。ほな、うちは仕事が残っとるさかいに、もう行くわ」
琴葉に雑誌を持たせ、美琴は部屋から出ていく。
しばらく雑誌を手に持って呆然としていた琴葉だったが、やがてそっと、その雑誌を荷物の中に一緒に入れた。
翌日の午後三時ごろ、琴葉は大地のアパートに到着していた。
合鍵を使って部屋に入る。
大地は仕事中で家にはいなかった。
ちなみに大地はエコロジー関係の小さい会社『Re nature』という会社で、新商品開発部門で働いている。
自然環境にこだわる大地の性格を表しているかのように、大地の部屋はまぁまぁ綺麗に掃除されていた。
あるいは、琴葉が来ることを意識していたのかもしれない。
「なんや、掃除とか手伝ったろうかと思っておったのに」
これでは、夕飯の準備と洗濯機にあったものを干して畳む以外に特にやることはない。
それも済ませてしまうといよいよやることがなくなってしまった。
時刻はまだ午後の五時……大地はまだ帰ってこないだろう。
何かひまつぶしのものはないかと琴葉は大地の部屋を見渡す。
大地の部屋はどこか教授の部屋を思わせる(もっとも、琴葉は大学に行ったことがないのでイメージだけなのだが)
そして自然環境に携わる仕事に就いているからか、大地の部屋には無駄なものがあまり置かれていなかった。
そのため、いくつか目を引くものがある。
一つは狭い部屋にどんと置かれている本棚だ。
そこには自然環境関係と数学の本や雑誌、そして会社で使うものらしいファイルが並べられている。
一つは2m程もある観葉植物だ。
もう一つは、机の上に飾られている、琴葉と大地のツーショット写真だ。
しばらく琴葉
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