「バカモーン!!」
とある豪華なオフィスの一室に怒号が飛んだ。
ここは福来ホールディングスの子会社、福来観光の社長室だ。
社長室でこんな頭ごなしな怒鳴り声を上げるのはもちろん、社長しかいない。
彼の名前は伊川 道重という。
「スケジュールの管理もできないで私の秘書が務まるとでも思っているのか!?」
「も、申し訳ありません〜〜っ」
叱責を受けている者は小さくなって謝罪の言葉を述べる。
「別にいいのだよ? 秘書の仕事が気に食わないのであれば倉庫管理部の方にでも回すから・・・」
「そ、それは・・・」
叱責を受けている者は焦りの声を上げた。
観光会社の倉庫など、販売関係の会社と比べればやることはたかがしれている。
つまりは、使えない社員が回されるという噂の部署なのだ。
「やれやれ・・・さて、ちょっと職場を見て回るぞ。営業・企画課のほうにも用事があるし・・・付いてきてくれ」
ねちねちと、人格を傷つけるような説教を終えたあと、伊川は立ち上がる。
「かしこまりました」
その後ろを秘書のワーバット、黒羽 麻夜は小さくなってオドオドと付いていくのであった。
「おい、どうなっているんだ。 その件については総務課からメールが来ているはずだろう」
「大変申し訳ありません。課長の栗原からはその件については何も伺っておらず・・・」
営業・企画課で伊川が叱責していた。
その叱責に応対しているのは係長の梅軒だった。
マンティス故に抑揚がない声で誠意があるかどうか若干判断しづらいが、頭を低く下げている。
「バカモーン!!」
怒鳴り声が営業・企画課のオフィスに響く。
だが、怒鳴られているはずの梅軒は身動ぎもしない。
それもそうだ。
なぜなら・・・
「なんで両者の連携が取れているかどうか確認していないんだ! それでよく私の秘書をつとめようと思えるな!」
伊川が怒鳴りつけている相手は梅軒ではなく、黒羽だった。
「スケジュールの管理も出来ていないかと思えば今度はこれか!? 前にもこんなミスを・・・」
伊川は営業・企画課の社員がいる前で黒羽のミスを暴露していく。
明るいオフィスの中ではワーバットの黒羽はおどおどとするしかなかった。
「ふん・・・課長には改めて言っておく。仕事に戻れ」
最後に伊川はそう言って営業・企画課のオフィスを後にした。
梅軒は伊川の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
「あのー、みどりさ・・・係長、大丈夫ですか?」
社長が出ていったのを見て、少し離れたところで様子を見ていた梅軒の部下であり恋人である吉田が声をかけてきた。
ひどく困惑した顔をしている。
それもそうだろう。
さっきの叱責は論点がずれていたり、不可解な点が多すぎたりして滑稽にすら見える。
「・・・そもそもなぜ、社長のあのお叱りに係長が対応するんですか? 話の内容からして課長が対応するべきじゃないですか」
「うちの課長がダメ上司だから」
マンティスらしい余計なことを入れない、歯に衣着せぬ言い方でぽつりと梅軒は答えた。
その言い方に苦笑した後、吉田はさらにつぶやく。
「それにしてもあの秘書、あの社長の下で働くなんて・・・よく仕事辞めないなぁ。あんな理不尽に当り散らされて、ストレス溜まるだろうに・・・」
「心配ない。あれは茶番・・・」
「・・・え?」
梅軒の言った言葉が理解できず吉田は聞き返そうとしたが、梅軒は手を振って仕事に戻れと口に出さずに言った。
『あれが茶番? どういうことだろう?』
首を傾げながら吉田は自分のデスクに戻った。
『逆にあれが茶番じゃなかったら、社長としてどうかと思うよな。ま、 俺がどうこう考えることじゃないか』
どうしてその茶番をしているかなどの件は投げやって、一定の結論を自分で出し、吉田は仕事を再開した。
午後5時・・・会社の重役たちは働いている社員を尻目に帰宅する。
この頃は日の入りも早くなった。
主が居なくなった重役の部屋は蛍光灯が付いておらず、薄暗い。
月は雲に隠れており、入ってくる明かりはビル街の電気だけの社長室もほのかな闇に包まれている。
しかし、社長室は無人ではなかった。
立派な革張りのシートに何者かが脚を組んで腰かけ、その前で何者かがひれ伏していた。
「今日もずいぶんお楽しみでしたねぇ・・・」
シートに座っているものが話し出す。
だがその声は社長のものではなく、女のものだった。
「営業課の人間の前でさんざんに私のことを怒鳴りつけ、さんざん言葉で嬲って辱めて・・・さぞ気持ちよかったのでしょうねぇ?」
ひれ伏している影がびくりと震えた。
その様子にシートに座っている者は口角を軽く釣り上げる。
ちょうどそのとき雲が切れて月明かりが社長室に差し込み、二人をほのかに照らし出した。
ひれ伏しているのは社長の伊川、そしてシートに座って優雅に脚を組んでいるのは秘
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