「うう、おっかあ・・・なんで死んでしまっただ・・・」
昔々、まだお侍さんがいてちょんまげをしていて腰に刀をさしていた頃・・・
ひとりの男が暗い夜道を歩いていた。
だが彼の心はこの夜道より暗い。
彼の名前は弥吉と言い、働き者の油屋の手代(主人や番台の手足となって働く、丁稚から昇進した者)だが、彼はちぃとばかりズレた男だった。
非常に物を大事にする男だが、その大事にする様はそれぞれに名前を付けて可愛がるほどであった。
「傘子や、今日も一日おらを雨から守ってくれてありがとうな」
「ああ、扇子や、とても涼しいだよ、ありがとう」
「なんてこった、包丁殿が刃こぼれしているだよ! 悪かっただ。今手入れするから待っているだよ」
こんな具合である。
そして、彼がもっとも大事にしておるのは提灯であった。
なんでも、彼が住んでいる街で行われた夏祭りの夜店で気に入ったものを、彼が丁稚で自分で貯めた小遣いで買ったから愛着があるのだそうだ。
その提灯を「灯子(ともこ)」と呼んで可愛がり、古くなって紙が日に焼けようが、ススだらけになろうが、きちんと直して使っていた。
そんな少し変わり者の弥吉だが、木の股から生まれた訳ではない。
ちゃんと母親がいる。
夫に逃げられてもめげずに弥吉を女手一つで育て、物を大事にするように教えた母親であった。
そしてその母を失う悲しみは大きい。
弥吉はふらふらと魂が抜けたように彼は明かりも持たず、夜道を歩いておった。
そんな弥吉の前にぬらりと怪しい影が一つ。
「な・・・何者だァ?」
「ち、みすぼらしい顔の町人か。たいした物は持っていまいが・・・まぁ、憂さ晴らし位にはなろう」
影がすらりと刀を抜き放つ。
辻斬りであった。
「ひ・・・ひえええ!」
「死ねっ!」
悲鳴を上げて逃げることも忘れていた。
目をきつく閉じ、固まっている弥吉に刃が降り下ろされる。
『おっかあ、おらはまだ死にたくなかったが、今そちらに逝くでな・・・』
だが待てども痛みはやってこない。
おそるおそる目を開けてみると、弥吉と辻斬りの間に何者かが割って入っており、辻斬りの刀を手で挟んで受け止めていた。
「くっ、女風情が刀に触るな! 刀が汚れる!」
「うちの大事な人には指一本触れさせません」
辻斬りが吠えるが、女は少しもひるまず、凛とした声で答えた。
「こしゃくなあ!」
辻斬りは蹴りつけて間合いを取ろうとしたが、それより先に女がなんと火を吐き出して辻斬りを攻撃した。
「ぎゃああああ!?」
顔を火傷し、髪がぶすぶすと焦げた辻斬りは刀を放り捨てて一目散に逃げ出した。
「大丈夫でした?」
「あ、ああ。助かっただよ。どこの誰かは分からないが・・・人並み外れたこともやっていたように見えただが、例を言うだよ」
「どこの誰か分からないって・・・お前さん、何を寝ぼけたことを・・・」
「へ?」
女の言葉に男はまじまじと彼女を見てみた。
目が黄金いろだが、整った顔立ちの綺麗な女である。
頭に奇妙な被り物をしており、その被り物からはひょろりと長い紐が背中に伸びている。
胸までしか丈のなく、袖が振袖のように大きい着物を着ていて、何か模様が入っていた。
腰は太ももまでしかない短い黒い穿き物を穿いている。
奇妙な格好だが、何より奇妙なのは腹と足であった。
腹には炎が燃えており、足もめらめらと燃えている。
『ははぁ、魔の者だか』
先ほど火を吹いた理由に弥吉は納得した。
だが、この女が何者なのかは未だに分からない。
「お前さん、辻斬りに襲われた拍子に恐ろしさのあまり何もかも忘れてしもうたかいな? 子どものころからあんなにうちを大事につこうてくれたのに・・・」
「子どものころから使っていた・・・?」
魔の女の言葉に引っかかるものがあった。
女が寂しげに口元を手で覆う。
その拍子に服に描かれていた模様が弥吉にハッキリと見えた。
「あ、あ・・・! その模様は・・・! いんや、だが・・・そんなはずが」
「おお? うちのこと、分かった?」
「・・・だが、このジパングに物の怪が出ることは珍しくないだが・・・ひょっとして、お前は灯子だか?」
「おお! 分かったか!」
女、灯子が喜ぶ。
なるほど、袖の模様は弥吉が愛用していた提灯の模様であったし、頭の被り物もよく見れば提灯の頭の物だ。
「人の使う道具に命が宿り動き出す物の怪に『付喪神』という者がおるそうだが、灯子がそうなって来るとは・・・」
「うふふ、嬉しかろ? さぁ、夜道は今のように危ないゆえ、早く帰ろう」
灯子は手を差し伸べたが弥吉は沈んだ顔でその手を取らなかった。
「まだ、帰りたくないだ・・・おらはおっかあが死んだばかりで一人ぼっちだから、そんな家に帰りたくないだ・・・」
「何をおっしゃい! うちがおるじゃないか」
灯子の言葉に弥吉ははっと顔を上げる。
「弥吉に大
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