夜中の11時半・・・ランプを一つ灯した部屋で一人の男が本を読み、ノートを広げて自分なりにまとめていた。
彼の名前はレクト・ヒルトン。
アルドラド・T・タイラント率いる自警団の9番隊隊長で衛生兵的な役割を任されている。
突然、ドアがノックされた。
「・・・開いている」
「じゃ、お邪魔しま〜す」
一匹の魔物がレクトの部屋に入ってくる。
美しい女性の上半身に魅惑的な赤色をした魚の下半身を持つ魔物・・・
彼女はメロウのスイート・ヒルトン。
レクトの妻で、レクトの診療所のナースを務めている。
「熱心ね・・・でも休んだら? もう3時間も勉強しているわ」
「もうそんなに経ったか・・・」
「うん・・・お茶にでもしない? カフェインが入っていない海草ハーブティーを入れたわ」
手にした盆には温かそうな湯気を立てているカップが2つあった。
「どうも・・・」
ノートと本を押しやり、盆を置くスペースをつくる。
二人はゆっくりとスイートが入れたハーブティーを飲み始めた。
「何読んでいたの?」
お茶を二口ほど飲んだスイートが訊ねる。
「魔法学だ」
「へぇ」
照れくさそうにレクトは言い、スイートはちょっと驚いたような声を上げる。
「やっぱり気が変わったの? あなた、以前『魔法なんて非科学的でインチキだ』なんて言っていたじゃん」
「ああ、実に非科学的な人間のセリフだな」
自嘲的な笑みをレクトは浮かべ、お茶をすする。
「科学とはいろんな事象を観察し、そこから法則性を導き出す学問・・・魔法も一定の法則性を持つものだというのに、まったく頭が固かったな、俺も」
「・・・でもどうして急に魔法なんて勉強しようと思ったの?」
スイートは首をかしげる。
ケガや病気は魔法で治療できる魔界ゆえ、レクトの診療所は忙しいということはあまりない。
だが、レクトの医術を求める人は少ないというわけでもなかった。
現にレクトとスイート、娘のオリビアが3人で暮らす分には十分な収入がある。
そろそろオリビアに妹をとも考えている。
別に魔法を学んで来院する患者を増やすようなことをする必要はないのだが・・・
「自警団に入ったからには、戦いでケガをする奴も出てくるだろう。そんなわけでケガに関する本を読んでいたんだが・・・」
レクトが顎で横に積まれている本を指す。
そこには軍医向けの救急・外傷の本もあった。
「治癒魔法はケガに対しては即効性のある治療だと書かれていた。簡単なケガとか・・・釣り針でのケガとかは治癒魔法の方が早いし、むしろ効果が高い」
「釣り針のケガなんて、随分懐かしい例を持ってくるわね」
スイートが懐かしいといった理由。
それは釣り針でのケガが二人の出会いのキッカケだったからだ。
昔、レクトは船医をやっていた。
ある航海のとき、レクトが乗っていた船にスイートが飛び込んできた。
魚を食べていたら何かが喉に刺さったようだから助けて欲しいということだった。
レクトが診て釣り針が刺さっていることが分かり、処置をした。
これが二人の馴れ初めだ。
以来、スイートは頻繁にレクトが乗っている船に遊びに来るようになった。
最初は鬱陶しいと思っていたレクトだったが、あるとき嵐で船から放り出されたときスイートに助けてもらい、彼女の優しさに惚れて付き合いだし、そして結婚して現在に至る。
「ともかく、魔法が効果的なのであれば勉強しておく価値があるだろう。勉強するのは隊長として当然だ」
過去の思い出はとりあえずおいておき、レクトがまたお茶をすすって言う。
そのとき、目がちらりと下を向いたのをスイートは見逃さなかった。
自分の言葉に何か満足がいっていないとき、レクトはそんなしぐさを示す。
だてに恋人観察、恋愛観察、性交観察を趣味としているメロウではない。
勘は鋭い方だ。
ましてや相手がそれなりに長く連れ添っている夫となったらなおさらだ。
「確かにケガの治療には必要なことね。でも、それだけなの?」
レクトはギクッとしたようだが、すぐに観念したような苦笑いを浮かべた。
「・・・オリビアから聞いたのか?」
「ちょっとね・・・保育園でのことと、あなたが魔法は分からないといったことと・・・」
保育園のこと・・・オリビアの話によると、保育園に簡単な傷なら治してしまえるスフィンクスとマミーがいるらしい。
自分に似た分野で自分より上の能力を見せ付けられたのが悔しかったのだろう。
オリビアはレクトに魔法での治療を教えて欲しいと頼んできた。
だがレクトは自分自身魔法についてはまだ勉強不足だし、なにより回復魔法を過信して幼いうちから治療行為を甘く見て欲しくなかった。
「やっぱりな・・・葛藤するんだよ。娘の願いは叶えてやりたいが、生半可な知識や技術なんて与えたくたない・・・」
顔をしかめてレクトは言う。
そんなレクトの片手を取って
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