夕暮れの海辺にて、ぱしゃりぱしゃりと海水を跳ねながら浅瀬に舞う踊り子が一人。
健康的な褐色の肌をさらけ出し、豊満な胸や腰まである長い青髪を揺らす。周囲に纏った不思議な乳白色の液体は、彼女の舞に合わせて自在に膨らみ、揺れ、弾ける。
それは、彼女が人ならざるものであるが故に可能な芸当であるのだが、もし人が見ても、そんな事を気にする余裕も無いだろう。
多少の違和感など忘れて、何も考える事無く、ただ見惚れてしまう。それほどまでに、彼女の姿は美しかった。
時に激しく、時に緩やかに、水を跳ねる音で拍子を刻み、変幻自在に舞い踊る。
今この瞬間、この場所においては、夕焼けは彼女のために用意された照明であり、橙色に光る凪いだ海は、彼女のための舞台であった。
そうして、どれほどの時間踊り続けていただろうか。
おもむろに足を止めた踊り子は、玉の汗を浮かべた体で海風を受け止め、気持ち良さそうに大きく息を吸い込んだ。
そして、くるりと振り返ると、どこか嬉しそうに微笑みながら、岩陰に向かって呼びかけた。
「何か、ご用ですか?」
呼びかけられた、岩陰に隠れていた者――まだ年若い神父は、踊り子の姿を決して見ないように背を向けたまま、申し訳無さそうに答えた。
「すみません、邪魔をするつもりはなかったのですが……」
「そんな、いつでも声をかけてくださってよかったのですよ?私も、そろそろ休憩しようと思っていましたし」
踊り子はそう言いながらも、疲れなど微塵も感じさせない足取りで、神父の隠れている方とは反対側の岩陰に背を預ける。
満潮時には海に沈んでしまう位置にある岩は、長い時をかけて波に削られ続けたために、滑らかで冷たい。踊り続けて火照った体にはその冷たさが心地良く、思わず身を震わせた。
開放的に振舞う踊り子とは対照的に、緊張した面持ちの神父は、自分の胸元を手で押さえながら一言一句を確かめるように紡ぐ。
「実は、『近々結婚式を上げようと思っている』と、町の恋人たちが教会に相談に来たんです。ああ、もちろんエロス様の信者の方で……」
「その式で祝福の踊りを、と言う事ですね?」
「……ええ。その通りです」
予定していた回りくどい説明等があっさりと省かれてしまったために、一瞬会話の調子が狂い掛けたが、神父はすぐさま頷いて肯定した。
この踊り子――アプサラスと呼ばれる魔物である彼女たちは、愛の女神エロスに生み出されたものであり、女神に仕える巫女と呼んでも差し支えない。そのため、結婚式を含む様々な祭祀において、神聖な舞を披露するためにこうして呼ばれるのである。
神父は、海から少し離れた位置に建つ、愛の女神エロスを祀る教会を眺めながら続ける。
「まだ詳細は決まっていないのですが、とりあえず連絡をと思いまして」
「エロス様に生み出された私たちにとって、恋人達を祝福し、夫婦として結ぶ事は大事な役目です。たとえ今すぐ踊れと言われても、喜んで踊りましょう」
「ありがとうございます。では、予定が決まりましたら、また……」
余所余所しく礼を言って、早々に立ち去ろうとした神父の腕を、いつの間にか岩を回り込んでいた踊り子の手が掴んでいた。
抵抗もできないほどに完全に固まった神父を見るその目は、どこか不安げだった。
「あの……」
「神父様は、いつも私の方を見ずにお話をされますが……」
「……はい」
「私の事が、お嫌いなのですか?」
「そんな事はっ!」
叫びながら慌てて振り向いた神父だったが、一糸纏わぬ姿の踊り子を見るなり顔を赤らめ、またもや目を逸らしてしまった。
「無い……です……」
そのまま、消え入りそうな声で否定した。
「では、どうしていつも私から目を逸らされるのですか?」
「……それは、その」
「私は、神父様がエロス様を信仰する修道士となり、初めてここを訪れた時の事を今でもはっきりと覚えています。その澄んだ瞳で私を見つめてくださった時の事を。私は、あの時から神父様の事をずっと……」
「……とにかく、式の時にはお願いします!それじゃあ、また来ますので!」
踊り子の悲痛さすら含んだ疑問の声に耐えかねたように、神父は手を振り払って逃げ出した。
薄手の修道服を翻して走り去っていく姿を見ながら、踊り子は振り払われてしまった手を握り、もう一方の手でその手を包んだ。抜け出してしまった温もりを確かめるように。
嫌いでは無いと言われても、あの振る舞いは好きな相手にするものではない。やはり、何か嫌われるような事をしてしまったのだろうか。
一瞬だが、踊り子の脳裏に不安がよぎる。そして、それは情熱的な彼女らしからぬ、憂いを含んだため息となって流れ出た。
「いっそ、もっと強引に……?」
しかし、そのため息も海風に浚われてし
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