早くに両親を失った少年は、父がお金を借りていたと言う、傲慢な商家に引き取られ、人ではなく道具のように扱われた。ぼろきれのような服を与えられ、食べ残しを啜らされ、藁のベッドで眠る。
死んだ親の代わりに金を稼いでこいと言われて働くことになった街の食堂でも、怒鳴られながら皿洗いや掃除等の雑事を全部やる事になり、商家の友人だと言う食堂の主人に、顎で使われる。
心身共に疲れ果て、夜道を歩いて帰ったところで、その家に居場所は無い。
すっかり俯きがちになってしまった少年は、その日も、静まり返った夜の街を、とぼとぼと背を丸めて歩いていた。地面を見つめる目には、同年代の子ども達が持っているような無邪気な輝きは無かった。
ささやかな抵抗のように、まっすぐ家には向かわず、遠回りをして、綺麗に掃除されている大通りから、煉瓦は割れてゴミが転がる路地裏へと入る。
入り組んだ路地裏の、少年だけが覚えている目印を辿って行くと、やがて、一つの行き止まりに辿り着く。
建物に囲まれた、不自然に作られたその空白の空間に、何匹もの猫が集まっていた。そして、思い思いに過ごしていた猫たちは、少年を見るなり、にゃあにゃあと声を上げて擦り寄った。
「ごめんね。今日は、あんまり無いんだ」
そう言いながら、少年はズボンのポケットから布袋を取り出す。閉じた口から漏れる焼き魚の匂いに、灰色の毛皮の猫が少年の足を支えに二本足で立ち上がって、すんすんと鼻を鳴らした。
それは、一日二日は食事をもらえない事もあった少年が生き延びるために手を染めた些細な悪事だった。客の残した食事で手付かずの物を、こっそりと懐に入れてしまう。
無論、捨ててしまうものとは言え、見つかったらタダでは済まない。だからこういった人目の無い場所で食べてしまうようにしていたのだが、最近では、自分のためにではなく、ここの野良猫たちに与えるために食べ物を持って来る事の方が多かった。
まだ、両親と暮らしていた頃に飼っていた一匹の白猫の姿を、ここの野良猫たちが思い出させてくれる。幸せだった思い出と現在を重ねられるこのひと時だけが、今の少年の支えとなっていた。
はじめての友だちで、兄妹のように育った、「ミミ」と名付けられた愛猫。
彼女は、今の家に引き取られる事が決まった時に、あんな嫌な所で暮らすよりはいいだろうと逃がしてしまった。どこかに拾われたか野良になったかは分からないが、元々気ままな性格だった彼女の事だから、幸せに暮らしているだろう。
口を開けた袋を裏返し、そのまま皿代わりにして、地面に置く。わっと群がった猫たちを、少年は優しい眼差しで見つめた。
「喧嘩は駄目だよ。また、持ってくるから」
そう言った少年の腹が、何かを訴えるようにぐぅと鳴った。途端に、奪い合うように魚を食べていた猫たちが、一斉に少年を見上げた。
「……僕は、家に帰ればご飯があるから」
嘘だった。家に帰っても、食事があるとは限らない。稼ぎが少ないから、家の掃除がちゃんとできていなかったから。そんな理由で食事を抜かれる事だって珍しくない。
しかし、少年はあくまでも、猫たちに対して心配をかけまいと平気な顔をしてみせた。
そうだ。僕はちょっとくらい食べなくても大丈夫。僕よりも小さい猫たちの方が、きっとお腹を空かせている。
そう考え、すっかり食べる手ならぬ、食べる口を止めてしまった猫たちに、「どうぞ」と手で示した。
それでもなお顔を見上げてくる猫たちに、自分がいたら食べづらいのかもしれないと思い至り、立ち去ろうとした瞬間、
「まだ、猫は好きなのかな?」
頭上から聞こえた声に、小さく悲鳴をあげるほどに驚かされた。
建物に囲まれていても、この空き地に面した位置に窓は無い。だから安心していられたのだが、声をかけられたという事は、誰かに見られていたという事。
と言う事は、今までの事も全部見られていたかもしれない。
足元が歪んだような錯覚すら覚えて恐怖した少年は、頭上を見上げる事すらできずに地面を見つめた。
「猫が、好きなのかにゃぁん?」
奇妙に語尾を伸ばして、どこかふざけた調子で投げかけられた同じ質問に、怯えたままの少年は小さく頷いた。
まるで何でもない風に話しかけておいて、怒鳴り散らす。今までも何度も経験してきた。今回も、きっとそうだ。
「よし!それじゃあ、我らが楽園にご案内!ものども、かかれかかれぃ!」
しかし、頭上にいた誰かは変わらずふざけたまま、そんな事を言った。
途端に、足下にいた猫たちがにゃあにゃあと声をあげ、少年に飛び掛かる。
「うわっ!?な、何……!?」
突然の事によろけて転びそうになった少年を、柔らかくふさふさした何かが支えた。そして、そのまま少年に目隠しをすると、
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