灰色の空の下で、冬の海は緩やかな波音を立てていた。
遥か彼方には海面近くを飛ぶ海鳥たちが見える。けたたましい鳴き声は、獲物である魚の奪い合いでもしているのだろうか。
虫食いの漁師小屋や朽ちた船留めにより、ただでさえうら寂しさを醸し出している廃村の浜辺は、もはや、この世から人が消えたのかと錯覚するほどの荒涼とした空気を持っていた。
そんな浜辺で、砂の上に腰を下ろした私は、綿入れされた半纏の襟を寄せて白い息を吐く。
息は波と同じく、吐いたそばから風にさらわれて消えていく。
消えた息を数え、十を越えた頃。
沖合の方で、海の中から顔を出したものがあった。
少女である。
一糸まとわぬ姿で海に潜っていた少女は、軽く頭を振り水を飛ばすと、浜辺に居る私を認めて、笑顔を浮かべた。
私が「とわ」と言う名の少女と暮らしはじめて、はじめての冬。
かつて見せた恥じらい多き乙女としての一面はいささか薄れてしまったが、それと入れ替わるように顔を出した年相応の幼さは、間違いなくとわの魅力の一つであった。
私が立ち上がると、とわはすぐさま浜に上がり、ざくざくと砂を踏む音を立てながら駆け寄ってきた。
「見てください、たくさん獲れました!」
よく通る声とともに、手に持った網が掲げられる。中に入った様々な貝が、がしゃん、と鳴った。
網の中を覗き込み、時雨と、汁と、と呟きながら、とわは料理の名を並べ立てる。惜しげなく晒された玉の肌を見ていると、色気より食い気という言葉が思い出された。
とわは、料理が上手い。
かつて共に暮らしていたという母親が料理上手だったからだ、と本人は語るが、廃村に残された少女にとって、数少ない娯楽が食事であったためではないか、と私は思っている。
「……っくしゅん」
不意に、とわが可愛らしいくしゃみをした。
妖怪であるとわは冬の海でも平気で潜れるそうだが、やはり、寒いものは寒いのだろう。綿入れを脱いで、細い肩にかけてやると、どこか申し訳無さそうな目で見上げられた。
かと思えば、くぅ、と腹の虫を鳴らし、羞恥に頬を染める。ころころと変わる表情に、つい吹き出してしまった。すると、今度は少しばつが悪そうに笑ってみせた。
「ちょっと、寒いですね」
ああ、と答えて、とわの手からそっと網を取る。軽く持っていたように見えたが、たくさんの貝が入った網は、男の手でもずしりと重みを感じた。
両手で持ちたいところだったが、空いた手をとわに繋がれ、多少無理をしてでも片手で網を持たざるを得なくなってしまった。
「今日は、温かい貝汁にしましょうね」
白い息を吐きながら、とわが言った。
再び、ああ、と短く答える。
繋いだ手に、力がこもる。
とわの手は、小さく、温かかった。
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