パステルカラーの花畑の中で、妖精たちが戯れていた。
無邪気で愛らしい彼女たちは、花冠を作っていたかと思えば、唐突に追いかけっこを始めたり、なんとも忙しない。
そんな妖精たちから少し離れたところには、人間の絵描きが一人。
絵の具が沸く紙パレットを片手に、目の前に浮かんだキャンバスに描き出すのは、花畑で小さな妖精たちが戯れる幻想的な光景。かくれんぼを始めた妖精たちは既に現実の景色から消えているが、キャンバス上に残った彼女たちは、それぞれが作った色取り取りの花冠を手に笑っている。
そして、それを傍らで見守るのもまた、小さな妖精、リャナンシー。
独自の雰囲気を纏う絵が完成に向かう様子を見ながら、時折絵描き本人へと目を向けては、うっとりとため息をついている。
愛する人が絵を描く姿を、間近で見ていられる。その時間は、妖精にとって何ものにも代えがたい、至上の幸福であった。
しかし、絵も完成間近となったのに、絵描きはおもむろに手を止めて首を横に振った。
「違う」
見ている限り、キャンバスの絵には何一つとして「違う」と言いたくなるような箇所は無い。
花畑の色彩も、そこで遊ぶ妖精たちの愛らしさも、絵描きの世界へと落とし込まれている。
「なにか、だめなところがあったんですか?」
不安そうに尋ねたリャナンシーに、絵描きはまたしても首を横に振る。
何かを思い詰めたように、真剣極まりない顔でリャナンシーをじっと見つめて、言った。
「あの子たちよりも、キミが描きたい」
「……えっ」
少し間を置き、理解が追いついたところで、リャナンシーは顔を赤くしてわたわたと手を振る仕草をした。
その動きは、慌てふためく心がそのまま表れたようだった。
「そっ、それはとっても嬉しいんですけど!でも、その、そんなの、えっと、あれです!あれなんです!」
何一つ具体的な内容の無い言葉を繰り返すリャナンシーに、絵描きはここぞとばかりに畳み掛ける。
「僕は、できる事ならばキミだけを見て、描きたい。もちろん、こうした風景や他の子たちを描いているのも楽しい。でも、キミを描いている時間だけは、どんな時よりも満たされていて、特別なんだ」
「あっ、えっと、あの……あぅ……」
恥ずかしげも無く熱意を、それも自分に向いている物を語られ、もはやリャナンシーは頭から湯気が出そうなほど赤くなっていた。
目線はあちらこちらを泳ぎ続け、小さな羽根で羽ばたきながら中空をくるくる回っている。
「その……もちろん、嫌じゃないんですよ?ええ、むしろ、描いてもらえるのはとっても嬉しくて、本当に、でも、でもです!」
茹で上がりそうな状態になりながらも、どうにか絵描きの目を見つめ返す。
そして、何度か口をパクパクさせてから、やっと「でも」の続きを言った。
「あなたが絵を描いているときって、凄い真剣で、か、かっこいいので……じっと見られてると、ちょっと、落ち着かなくなっちゃって……」
「……あー」
予想外の言葉に、絵描きも曖昧な言葉と共に複雑な表情をした。筆を持った手を彷徨わせ、何も無い所に奇妙な模様を描く。
だが、リャナンシーはそこで止まらず、ここぞとばかりに胸の内を曝け出す。
「それに、できたら、絵を描いているあなたの事は、いつだって近くで見ていたいなって……思う……ので……」
「……まあ、それは……僕も、できたら傍で見ていてほしいとは、思っているけれども……」
いっそ微笑ましいほどに、子どものような純情さを抱えたまま、二人は見つめ合う。
互いの気持ちも、胸の高鳴りすら、今の二人ならば通じ合う。
そして、何も言わずとも、引き寄せられるように―――
「ほら!ちゅーだよ!ちゅー!」
唇を触れ合わせようとしていた二人は、その声に慌てて離れた。
声のした方を見れば、大きな花の陰で、かくれんぼをしていたはずの妖精たちがじっと見ている。
「わたし、ちゅーするのはじめて見るよ!」
「き、きもちいいのかなぁ……」
「外でコイビトとちゅーした子は、『とけちゃいそう』って言ってたよ」
「すごーい……」
隠れる気があるのか無いのか、思い思いの事を言っている妖精たちに、気付けば絵描きは笑い出していた。
「あれ?ちゅーしないのかな?」
「えぇー、見たかったのに!」
一方で、せっかくの機会を邪魔されてしまった事に腹を立てたリャナンシーは、何やら騒ぎ立てながら、妖精たちのもとへと飛んでゆく。
しかし、それを見た妖精たちは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出してしまった。
「……あっ、怒ってる!みんな逃げろー!」
「もー!せっかくいい雰囲気だったのに!」
先ほどまで妖精たちが隠れていた花の上に立ったリャナンシーが、腰に手を当てて文句を言ってい
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