星と梟

 そびえる木々が光をさえぎり、どこまで行っても香るのは土と草の匂いばかり。時折聞こえる獣の鳴き声は反響を繰り返し、すべての木陰から発せられているようにも聞こえてしまう。足元には木の根や蔦、ぬかるみが敷き詰められ、ただ歩くだけでも、体力を奪う。
 何故、森は人の住まう場所ではないのか。森に立ち入ることを人は避けるのか。
 少年は、身をもってその訳を理解していた。

「ここは、さっきも通った……かな?」

 枝葉を茂らせた大樹に手を付き、少年は頭上を見上げる。
 見覚えがあるようにも、初めて見たようにも思われる形に切り取られた空は、濃い青色をしている。
 日が落ちて森が暗闇に包まれるまで、時間はほとんど残されていない。しかし、森から出るためにはどちらへ向かえば良いのかも、未だに分かっていない。

 こんなはずではなかった、と少年は独りごちる。キノコを探しに森に入って、少し道を外れただけなのに、と。
 点々と傘を広げるキノコを拾っては歩き、拾っては歩き。ふと気付いた時には、森の奥深くまで迷い込んでしまっていた。迷子には十分気を付けるべきだとは分かっていたはずなのだが、親の手伝いで度々森に入るうちに感覚が慣れてきてしまい、自分が危険な場所に近づいているということを忘れてしまっていた。「キノコ取りくらい、一人で行ける」と言った数時間前の自分を、殴ってでも止めてやりたい気分だった。
 しかし、悔いている余裕も無い。
 疲労に乱れた息が、白く染まる。その事に気付き、少年は怯える。
 夜の森は、驚くほどに空気が冷える。このまま森で一夜を過ごすことになれば、凍えてしまうか、獣に食われるかのどちらかだとは、想像に容易かった。
 そうなる前に、早く家に帰らないと。それがだめでも、せめて森を出ないと。
 考えるほどに、気は急く。だが、森歩きの心得もない子どもにとって、迷い込んだ森から逃れ出す方法など、分かるはずもなかった。
 ただひたすらに歩きまわり、偶然、森の外に出られることを祈るしかない。
 こつん、と音がして、少年は思わず振り向く。それが、自分の腰につけた水筒が木にぶつかった音だと分かると、今度は無性にのどが渇いてくる。
 水筒の蓋を取り、口をつけて傾ける……が、水は既に、喉を潤せるほどの量は残っていなかった。わずかに口を湿らせた程度で役目を終えた水筒を腰に戻して、再び、少年は歩き始める。ほんの少しだけ立ち止まっただけだというのに、もう、自分がさっきまでどちらに向かって歩いていたのかも、分からない。
 それでも足を止めないのは、ただ、止まっているよりもましだから、というだけの理由。あるいは、立ち止まって考え込んでしまえば、悲観的な重さに心を潰されてしまうと分かっているため。
 いずれにせよ、少年は必死だった。今にも泣き出しそうな目を何度も擦り、はりぼての希望を纏って、どうにかこうにか森を歩いていた。
 そんな状態であるから、当然、音も無く見つめる「何か」の存在になど、気付いてはいなかった。

「……そこの」

 突然聞こえた声に、少年が驚きのあまり足をもつれさせて、転びかける。かろうじて樹に手を付き、その樹を背にして、声の主を探す。

「そこの、人間……」

 気のせいなどではない。静かだが、土に吸われないではっきりと聞こえる、不思議な声だった。しかし、この声もまた木々に反響して、出処がはっきりとしない。
 それでも、少年は声の主を探す。こんな森のなかで、と怯えつつも、他に縋るものは無い。

「……上よ。樹から離れて、振り返って、見上げなさい」

 離れて、振り返って、見上げる。
 言われるがままに動き、そして、少年はようやくそれを見つけた。
 木の枝に止まっている、薄暗い森に溶け込むような、大きな鳥。

「さっきから、がさがさと……道にでも、迷ったのかしら」

 人の言葉を扱う、人ではない何か。
 魔物だ、と少年は理解した。
 森の奥には魔物がいる。だから、気をつけなさい。
 お父さんの言っていたことは、うそじゃなかったんだ。
 魔物は、どういうものと言っていた?人を食べる、怖いものだと。
 じゃあ、あの魔物も?

 魔物の眼光は鋭く、少年を見つめたまま僅かにも動かない。
 それがかえって少年の動きを束縛していた。いや、正しくは、下手に動けばその瞬間に襲いかかられるかもしれないと思い込んだ少年が、勝手に動けなくなっていた。

「……答えなさい。言葉は、通じているでしょう」
「えっ、あの」

 少年の答えを待たずして、魔物は続ける。

「迷ったのか……目的があって、こんな所まで来たのか……ここは……あなたのような子どもが来る場所では……無い、でしょう」

 その静かな声の中に、少年が何らかの感情を捉えることはできなかった。
 分かりづらいだけで
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