毛糸と弓矢

 クリスマスが近付くと、街全体が落ち着きを失ってしまう。
 それは、きっと気のせいではない。
 友人に、家族に、恋人に。
 大事な人を想う気持ちが鈴の音に変わって、そこかしこで澄んだ音を立てている。
 無論、僕がアルバイトをしているこの小さな手芸用品店も、クリスマス前の空気を纏うことから逃れられていない。
 通りに面したウィンドウには緑と赤のテープで飾り付けがなされ、「プレゼントの包装承ります」という張り紙は、少し斜めになりながら、行き交う人に主張している。
 店に入ってすぐの特設コーナーには、手編みのマフラーや手袋を作るための道具一式に、入門書。
 小さな店だが、商店街の中にある手芸用品店を頼ってくる客は少なくない。今年の冬に備えて仕入れた在庫は、クリスマスまでにひとまず捌けそうだった。
 しかし。

「……今日は、暇だな」

 寒色系の薄ぼんやりとした店内で、ついつい呟いてしまう。
 カウンターに頬杖をついてしまいそうなのをぐっと堪えて、見るともなく外を眺める。
 足早に店の前を過ぎてゆく人々は、みんな防寒着でもこもこに着膨れている。帰り道が凍っていなければいいが。
 カウンターに置いてあるラジオからは、パーソナリティのエンディングトークが聞こえる。今年はホワイトクリスマスになるそうですよ、というラジオパーソナリティの声は、浮かれた気持ちを隠そうともしていない。
 二階では、手芸教室を開いている女郎蜘蛛の奥さんが何か冗談を言ったのか、生徒たちの笑い声が階下まで降ってきた。
 時計の針は、もうすぐ五時を指そうかというところ。
 和やかな針のお稽古が終わる時間で、配達に行っているこの店の旦那さんが戻ってくる時間でもある。
 そうなれば、店番をしている僕もお疲れ様でしたまた明日、となる。
 しかし、こうして暇を潰しているだけでお給金を頂くのは、ちょっと気が引ける。
 帰る前に、せめて店内の掃除は丹念にしておこうと、前時代的なはたきを手にカウンターを出て、商品棚をぽんぽんと払う。
 ラジオからは、僕が生まれる前に作られたのに今でも毎年どこかしらで流れている、おなじみのクリスマスソングが流れ始めていた。
 そのリズムに合わせて、指揮棒のようにはたきを振るう。
 ウィンドウのそばまで来たついでに空を見上げてみれば、灰色の雲が商店街の上を覆っていた。ホワイトクリスマスどころか、今にも雪が降り出しそうだった。だから、みんな家路を急いでいるのかもしれない。

 今年のクリスマスは、どうしようか。
 実家に帰る気分でもないし、男友達と遊ぶのはなんだか負けたような気がする。かと言って、大多数の人がそうするような、一緒に過ごせる恋人も居ない。
 ぼんやりと思案を巡らせていると、背後で、からん、とドアベルが音を立てた。
 振り向いて客の姿を確認するより早く、「いらっしゃいませ」と一段高い接客用の声色を使う。
 だが、客の顔を見て「おや」と出てきた声は、自分でも分かるほど親しみが篭っていた。

「こんにちは。お仕事帰りですか?」

 僕の挨拶に、お客さんは――キューピッドのシラハさんは、表情を変えずに頷いた。
 肩まであるピンク色の癖っ毛にもこもことした白い帽子を乗せ、首に巻いたマフラーも真っ白。褐色の頬は寒さのせいか、微かに赤い。着ている黒いチェスターコートは男物に見えるが、それが凛々しい顔立ちとすらっとした高身長にはよく似合っている。
 でも、一番目を引くのは、肩から提げている、子どもくらいなら入ってしまいそうなほどに大きなトートバッグだろう。その大きさもさることながら、口から飛び出しているハートの形をしたやじりとピンクシルバーの弓は、誰でも気になってしまうはずだ。


 彼女、シラハさんがこの手芸店を訪れるようになったのは、ひと月ほど前、十一月の半ば頃のこと。
 冬の気配も濃厚になった、ある平日の夕暮れ時。
 ふらりと店にやってきて、無表情でずいぶん長いこと棚の間をうろうろしていたキューピッドに、僕は若干の警戒心を押し隠しつつ、丁寧に対応を図った。
 「何かお探しですか?」と言われたことに僅かに驚いた様子を見せ、そして自分の行動を省みたのか恥ずかしそうに、彼女は答えた。

「……その。毛糸の手袋とか作るのに、はじめてなら、何を買えばいい……ですか?」

 店内に流れていたラジオの音にも負けそうな、蚊の鳴くような声だった。
 しかし、かろうじて聞き取れた彼女の言葉に、僕はなるほどと内心で合点した。
 一ヶ月も前からと言う人もいるだろうが、準備期間も考えれば、十一月の内からクリスマスプレゼントについて意識し始めるのは、決して早くはない。
 きっと、このキューピッドさんは、大切な人への贈り物として手編みで何かを作ろうと思っているのだろう。
 愛情を向
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