墓場。そこは、あらゆる生物の終着点。
生前の行いに関係なく、全ての屍が、墓標の下へと収められる。
「墓守としての誇りを持て。天を昇った魂たちは、今も地上で眠る己の屍を見ている。それを忘れるな」
代々引き継がれる墓守の役目を父から継いだ時に与えられた言葉は、今でもはっきりと覚えている。
最近では、その言葉を思い返す事も多くなった。
その理由は、ただ一つ。
まだ「少年」と括られる程に若い墓守は、墓標の前に開いた大きな穴を見つめながら、大きなため息をついた。
土の下に埋まっていた棺桶は蓋が破られ、中に入っていた屍も姿を消している。
「……魂、降りてきちゃったかぁ」
慣れた様子で、手にしたスコップを使い、開いた穴を埋める。
見れば、その墓場中に、つい最近穴を埋めたばかりで色の変わっている箇所がいくつもあった。
異変が起こり始めたのは何時からだったかと、土を平らに均しながら墓守は考える。
最初は、獣か何かが墓を掘り起こしたのかとも思った。だが、数日の間、夜通し見張っても、獣の類は現れなかった。
次に、人間の墓荒らしかと思い、見つけたら叩いてやろうとスコップを手に隠れて見張った。しかし、墓荒らしの類も、現れなかった。
それからも夜の見張りは続けた。眠たい目を擦り、この見張りに意味があるのかと疑問に思い始めた頃。
ついに、それは正体を現した。
独りでに土が盛り上がり、埋葬されていたはずの死体が、這い出してきたのだ。
あまりの恐怖に叫ぶ事も忘れ、できた事は、きょろきょろと辺りを見回す死体に見つからないように、身を隠すことだけだった。
グールやスケルトンと言った魔物の事は、墓守も知っていた。
だが、知識として知っていても、ただの墓守に、魔物の対処などできるはずもない。
隠れて震え続けていると、やがて死体は墓場を出て、どこかへ行ってしまった。
穴の正体が分かってからしばらくは、死体が這い出る音が聞こえるたびに、ベッドの中で震えていた。墓守の役目を捨てて、町に逃げようかとも考えた。
しかし、人は何事も慣れてしまうものらしく、震える夜を繰り返す内に、いつの間にかそんな事気にせず眠れるようになっていた。
残った悩みと言えば、墓参りに来た人にどうやって説明すればいいのかという事だったのだが。
「ああ、もう一度お前に会えるなんて!これもきっと神の思し召し!ありがとう!ありがとう!」
死んだ妻の墓参りに来た男性が、そんな事を叫びながら死体と抱き合っているのを見てからは、それすらどうでもよくなってしまった。
仕上げにぱんぱんと土を叩いて、穴埋めを終えた墓守は、再びため息をついた。
こんな事ばかりを繰り返していて、墓守の仕事とは何なのか、最近はよく分からなくなってきている。
その内、全ての墓から死体が消えて、無意味になった墓標だけが並ぶ場所になってしまうのだろうか。
父と母は、他所の墓場を見てくると言って旅立ったまま、帰る気配が無い。
新たな死体を埋葬する事も中々無いので、一人でもそれほど困らないのだが、寂しいといえば、寂しい。
墓守は、考えれば考えるほど憂鬱になる思考と一緒に、スコップを倉庫へと片付けた。
今度は清掃道具を取り出して、まだ死体の残っている墓標の掃除を始める。
この墓場に埋まっているのは、大半が近くの街で暮らしていた者の死体だが、稀に、名も知らぬ誰かの死体も埋められる。
『安らかに眠れ』と言う文言しか墓標には彫れないが、無いよりはマシだろうと墓守は考えていた。
そんな無名の墓たちからも平等に死体は這い出ているが、一つだけ、静寂を保ち続けている墓がある。
ボロボロの首飾りがかけられている、簡素な墓。
この下に眠っているのは女の子だった。近くの川岸に流れ着いていた死体で、唯一身につけていた首飾りを持って上流の村を訪ねて回っても、知っている者はいなかったため、この墓場に埋めることになった。
膨らんだ水死体なので分かりづらかったが、年の頃は自分と同じか、少し幼いくらいだった。
今も、この子の両親は帰らぬ我が子の事を想っているかもしれない。そう考えると、胸が痛む。
自分が溺れ死んだら、両親は嘆くだろうか。
自惚れではなく、一般的な家庭と同程度には、子どもとして愛されている自信はある。きっと、母は泣くだろう。父も、涙は流さなくとも悲しんでくれるだろう。
もしかしたら、「その内生き返る」と無造作に墓に埋められるかもしれないが。
「どうか、安らかに……」
もはや、祈りよりも願いに近い言葉を捧げ、墓守は掃除を切り上げる事にした。
どうせ、仕事は少ない。ゆっくりとやっていけばいい。
見計らったように、ぐぅ、と腹が鳴った。そろそろ
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