「……起きたか。気分は?」

 兄さんに声をかけられて、僕は目を覚ましているのだと自覚した。
 いつの間にか、ベッドに寝かされていたらしい。天井を見つめていた目を、兄さんの方へと向ける。
 椅子に座っている兄さんの、眉間に皺を寄せた難しそうな顔。
 それはとても悲しげで、見ているこっちまで悲しくなる。

「どこか、痛むのか?」

 その問いかけに、首を横に振る。
 まだ少しだけ、体中の妙な熱は残っていたし、背中とお尻に付いた異物は自分の意思で動かせてしまうけれど、少なくとも体の痛みが無いのは本当だった。

「そうか。何か食べたいものは?よく寝てたから、腹減ってるだろ?」

 気を遣ってくれているのだろう。今日も劇団で稽古があるはずなのに、わざわざ休んでまで、僕の事を看ていてくれている。
 色々な事を思っているだろうに、なんでもないように振舞っている兄さんを見ると、自分の情けなさを痛感してしまって仕方ない。
 いや、だからこそ、僕も出来る限り兄さんを安心させられるようにしないといけない。

「……じゃあ、桃がいいな。甘くて柔らかいのでお願い」

 心配をさせないためにあえて我侭っぽく言ってから、僕は思わず喉を押さえてしまった。
 それは、自分が発したとは思えないほど、高く澄んだ声だった。

「桃だな。すぐ買ってくる」

 いそいそと部屋を出て行く兄さんに、喉を押さえたまま頷く。
 ばたん、とドアが閉じて、静かな部屋に一人取り残された。自分の呼吸の音や、鼓動もよく聞こえる。途端に、僕の中で嫌な予感のようなものがどんどん膨らんでいった。
 何度触っても、喉の所に突き出していた骨の感触が無い。首が細いせいで結構目立っていたはずのものなのに、どうして。

 異常なほど敏感な肌にシーツが擦れるのを我慢して、ベッドから這い出す。
 体が震えて、息苦しい。喉の乾きも相まった、ひゅうひゅうという息遣いが耳障りで仕方ない。暑くてたまらない。汗ばんだシャツは鬱陶しいから、脱いでしまおう。

 色々な事が頭をよぎる。とにかく、怖い。それでも、確かめないと。
 姿見の前で、僕は俯き、深呼吸をする。
 そして、意を決して、鏡を見た。

「……あ、ぅ」

 思ったとおり、そこには見たくないものしか映っていなかった。
 鏡の中に居るのは、膝立ちになって泣きそうな顔をしている魔物。
 顔立ちは、僕に良く似ている。赤茶色の髪も、そっくりだった。

「違う……」

 僕が口を動かすたびに、鏡の中の魔物も口を動かす。
 鈴を転がすような声が聞こえたのは、きっとあいつの声。僕じゃない。
 必死になって否定しながら、鏡に近寄る。魔物も、僕に近付く。

 そっくりだけど、違う。
 僕の体はもっと骨ばっているはずで、こんな丸みを帯びて柔らかそうじゃない。
 僕の顔はもっと情けない男の顔のはずで、こんな本当の女の子みたいな顔じゃない。
 胸が少しだけ膨らんでいるように見えるのも、ズボンの中が何だか寂しいのも、気のせい。

「僕は……お前なんかじゃない……」

 否定された事を悲しむように、ズボンの腰周りから出ていた尻尾がだらりと垂れ下がる。

 僕は男で、人間だ。
 女の子でも、魔物でも無い。
 自分に言い聞かせて、柔らかい体を掻き抱く。自分の体に触れているはずなのに、自分じゃない誰かを抱きしめているみたいで、気持ち悪い。

「違う、よ。全部、全部……嘘、なんだ……」

 声が裏返って、鼻の奥がツンと痛くなって。
 気付いた時には、僕は泣いていた。
 悲しいのか、つらいのか、なんだかよく分からない気持ちがぐちゃぐちゃになって、涙になって零れる。
 なんで、どうして。考えても考えても分からない。
 神様の悪戯?僕は今まで男として生きてきたのに。女々しくて貧弱だから、いっそ女にしてしまえば面白いだろうとでも?あんまりだ。こんな酷い仕打ち、それこそ「非情なる神々よ!」と空に向かって叫びたいくらいだ。
 しかも、ただ女の子の体になるだけならまだしも、こんな悪魔の羽と尻尾まで付けられて。僕は、これからどうやって生きていけばいいのだろう。どんな顔をして父さんと母さんに会えばいいんだろう。

 色んな事が頭の中をぐるぐる回って、疑問と苦悩の吐き出し方も分からなくなって、意味不明な叫びを上げてしまいそうになった。
 でも、すんでの所でドアが開く音がして、正気へと返らされた。
 振り向けば、紙袋を手にした兄さんが立ち尽くしている。
 色んな甘い香り。桃以外も買ってきてくれたらしい。
 何か、何か言わないと。

「……おかえり」

 そう言った僕は、どんな顔をしていたのだろう。自分では、笑ったつもりだった。

「あ……あぁ、ただいま」

 だけど、兄さんの反応を見るに、きっと酷い顔をしていたに
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