片田舎の小さな町で営まれている、小さな食堂。
僕は、そこの次男として産まれた。
両親と四つ上の兄に見守られながら、とても弱々しい産声を上げて、産まれて早々に「果たしてこの子はちゃんと大きくなれるのだろうか」と心配させたらしい。
そして、両親の心配どおり非常に病弱だった僕は、咳一つがきっかけで数日寝込んだりはしたものの、どうにか大病は患わずには済んだ。
しかし、生来のものなのか、あるいは病に伏せる生活がそうさせたのか。物心付く頃には、僕は良く言えば大人しく、悪く言えば女々しい少年となっていた。
普通なら外で遊びまわるような歳になっても、「もう少し体が丈夫になるまでは」と母さんに言われていたから、何か特別な理由があって外に出なければいけないとき以外は、自室に篭って紙に綴られた物語に思いを馳せた。
物語の中の世界を夢見ながらも、時折、外で遊んでいる同じ年頃の子ども達を見ては、自分もいつかあの輪に入れるだろうか、なんて事も思っていた。
だけど、自分の姿を鏡で見るたびに、それは無理なのだろうとも、子供心に思っていた。
男にしては長めの、赤茶色の髪。見るからにひ弱そうな細い体。陽に当たらない青白い肌。
それはお話に出てくる吸血鬼みたいで、外に出たら焼けて死んでしまうかもしれない、なんて事すら考えるほどだった。
対して、僕の兄さんは、強くて賢い子どもだった。
もちろん、その強さも賢さも「子ども」の範疇から出るほどのものではなかったけれども、小さな町の子ども達のまとめ役になるには十分だった。
父さんと母さんの手伝いをしてから、暇になったら外へ遊びに行って、夕方頃に帰ってくる。毎日のようにそんな事を繰り返すほど活発だった兄さんは、眠る前の僅かな時間を使って、一日中篭りきりだった僕のために、外であった事を話してくれた。
その話はいつも楽しげだった。本当に些細な子どもの遊びも、まるで壮大な冒険譚のように語ってくれて、ただ見るだけでは到底感じられなかった憧れを僕にもたらした。
だから、いつもより調子が良いと思えた、ある晴れた日。僕は少しだけ勇気を出して、兄さんに頼んだ。
「僕も、外でみんなと一緒に遊びたい」
そう言われた兄さんは、とても複雑そうな表情をしていた。
弟が勇気を出した事は喜ばしいが、外で遊ぶのには不安を覚える。
内訳としては、きっと、そんな所だろう。
だけど、兄さんは意を決したように頷くと、僕の真っ白な手を取った。
具合が悪くなったらすぐに言うんだぞ、とだけ言ってから、僕を良く晴れた空の下に連れ出して、仲の良い子ども達に紹介した。
もしかしたら、兄さんは既に僕の事を話していたのかもしれない。
子ども達はすぐに僕を仲間として認めてくれて、その上で、ちょっと過剰なほどに僕の事を気遣ってくれた。
あるいは、それは子どもらしい、配慮の加減も分からなかったという事情からかもしれないけれど。
そうして、「友だち」と初めて遊んだその日は、本当に楽しかった。
生まれて初めて追いかけっこをして、町中を走り回って、心の底から笑った。
兄さんに手を引かれて、大丈夫か、具合は平気かと何回も聞かれて、その度に「大丈夫。すごいね、楽しいね」と笑った。
今まで読んだどんな物語よりも、ずっとずっと、楽しかった。
家に帰った後も興奮が治まらずに外で遊んだ事について語る僕を、父さんは嬉しそうに、母さんは心配そうに聞いていたのを、よく覚えている。
兄さんはというと、もしかしたら母さんに怒られると思っていたのかもしれない。食卓の端で、少し縮こまっていた。
本当に、楽しかったから。翌日、高熱を出して寝込んでしまっても、いつもより苦しくなかった。
トイレに行こうとして起き上がれば体中が軋んだし、咳をするたびに頭が割れそうにがんがんと痛んだけど、それすらも、本当に外で遊べたんだと言う喜びに繋がった。
むしろ、その日一日ずっと家に居て沈痛な面持ちをしていた兄さんを見るのが、辛かった。
僕が眠っている間に、本当に母さんに怒られたのかもしれない。
何回も何回も、ごめん、と、ベッドで寝ている僕を見ながら謝っていた。
「兄さんのせいじゃないよ。みんなと遊べて、すごく楽しかったんだ。病気が治ったら、また、連れてってね」
僕がそう答えても、兄さんはやっぱり辛そうな顔をしていた。
だからだろうか。体調が良くなっても、兄さんは二度と僕を外に連れ出してはくれなかった。
その代わり、毎夜毎夜、今まで以上に僕に色んな話をしてくれるようになった。
隣合ったベッドの中、どちらかが眠ってしまうまで。内容は本当にあった事だけじゃなくなって、本で読んだ話そのままだったり、自分で考えた話を即興で、という事も増えた。
そうして
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