僕は僕の家の構造を知らない。放蕩者の曽祖父がその遺産を投げ打って建てたというこの広い屋敷には、迷路のような廊下、どこにも通じていない扉や窓、見えてはいるが行き方が分からない部屋などが幾つとなく存在する。もはや家とも呼びがたい、理解不能な空間の集積。設計のミスなのか、曽祖父の気まぐれなのかは知らないけれど、そのような場所に僕は住んでいる。
他の家族――両親はどこにいるのか僕にはよく分からない。彼らには彼らの場所があるのだろう。
妹は一人の召使を連れて、この広大な屋敷を遊牧民の如く、ぐるぐると巡り歩いて暮らしている。この屋敷の地図を作るのだと言っていたが、ごくたまに見かけると、召使が背負う資料の束が際限なく膨らんでいるのがわかる。それが彼女の作業の順調さを示しているのかは分からないけれど。
姉はいる、と聞いてはいるが、会ったことはない。この屋敷のどこか、地下深くにある一室は深海に繋がっており、彼女はそこに落ちてしまったのだという。流石に与太話の類だろう。大方、どこかの部屋に引きこもっているのではないか。或いは出られなくなったのだろう。
僕のように。
僕は書斎のある小さな部屋に召使と住んでいる。
正確には、召使の中に。
生まれた時から、ずっと。
「お目覚めでございますか」
身を横たえている深紫色のベッドから声がして、僕の体にその振動を響かせる。とろり、とベッドの一部が水たまりのように溶けて、その中から彼女が姿を現す。
おはよう、と挨拶を返すと彼女は――僕の召使、混沌から生まれたショゴスの魔物――ネヴァエは、猫のように目を細めて笑んだ。
「昨晩はよくお眠りになれましたか?」
若干寝癖がかった僕の髪を撫でつけつつ、ネヴァエは僕が二度寝しないように問いかけを絶やさない。
「まあまあ……かな」
「それはよろしゅうございました。ここのところ夢見が悪いご様子でしたので……」
そうだったっけ、と思い返す。彼女は僕について、僕自身知らないことまで知っている。
「御主人様と毎晩臥所を共にしておりますのに、夢の世界には入れないというのは歯痒いものでございます」
全く本気かどうかも分からないことを言う。
「あ……朝のお小水でしょうか」
ベッドに手をついて身を起こそうとすると、ネヴァエは目ざとく反応した。頷くと、
「ですが……そのままではなさりづらいでしょう、まずはわたしが鎮めてさしあげた方が宜しいのではないでしょうか?」
彼女の視線の先には、血液を充足させて脈打っている僕の男性器がある。つまりは、朝の生理現象だった。
「いや、まずはトイレに……」
放っておけば元に戻るから、と、僕が彼女の「奉仕」を断ろうとすると。
「御主人様、このようにしたまま無理にお小水をなさるのはお体に障ります」
ネヴァエは茫漠とした仄白い瞳をこちらに向けて静かに微笑んだ。この瞳に僕は抗えない。気づくと背後に背もたれが出来ていて、僕はそれに背を預ける。
失礼いたします、と丁寧に断って、彼女はゆっくりと僕の男性器に手を伸ばした。――わざわざ、手を。このベッド自体も彼女の身体な一部なのだから、その気になれば僕の下半身をベッドの中に沈めてしまえば良いようなものを、わざわざ手を伸ばして、僕の男性器をさする。細く華奢な指が柔らかく幹にまとわりついて、ゆっくりとしごく。
「……手でするの、すきだよね」
ぼそりと呟くと、彼女は笑みを深める。
「わたしの手は、御主人様のためにあるものですから。御主人様のお体を拭き、お召し物を着せ、お食事をつくり、運び、そして何よりお情けをいただくとき、この手は何よりも幸せなのです」
潰れた光のようなネヴァエの瞳の奥に、狂気めいた恍惚がちらつく。彼女の発情した匂いが、部屋を包んでいた。この世には存在しない花の香り。彼女の愛液がベッドから溢れて、部屋を浸食する。ベッドも徐々に柔らかく解けてきていた。
「ですが、口でご奉仕させていただくのも幸せですよ」
そう言ってネヴァエは小さな唇を開く。口とは不釣り合いに大きな舌がでろりと出て、まるでそれ自体が意思をもつかのような動きで口の端を舐め取った。
「この舌も、唇も、喉も――わたしの体はすべて御主人様のためにあるのです」
ネヴァエの唇が一度軽く鈴口に触れてから、僕の性器を飲み込む。長い舌で僕の亀頭を存分に舐り回してから、首を動かし始める。彼女の歯は柔らかくなっていて、動く度にひだのように僕の亀頭を刺激してくれる。しかも彼女は手も休めない。スライム状にした手が、彼女の口に収まっていない部分、幹の下半ばからから睾丸までをすっぽり包み、内部でぐにゅぐにゅと動かす。射精が近い。訴えるまでもなく彼女はそれを悟って、動きを少しだけ早める。
「……っ」
僕は堪えきれずに射精した。どくり、と噴き出した熱い精を、ネヴァエは目を潤ませて口で
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