たりないもの

「ごめんね、リヒトくん。重たいものもたせちゃって。」

「大丈夫ユーカさん。いつもお世話になってもらってるし。」

放課後の図書室。
リヒトはユーカが運ぼうとしていた魔術書の山を先だって抱えた。
分厚い本が6冊ほどだが、装丁が豪華なだけあって少し重いが返事は笑顔で返す。
ユーカの前ではリヒトはいつも笑顔だ。
心配そうに見つめるユーカの顔もリヒトにしてみればそれは活力になる。
端的にいえばリヒトは彼女のことが好きだった。

魔物と人間がそれなりに和解している領地。
今でほもう珍しくもなんともない、そんな場所の学校でリヒトとユーカは出会
った。
クラスには様々な魔物たちが存在し、彼女たちがここの領地に現れるとすぐに
人間たちの間にも魔法があっというまに知れ渡って行った。
詳しいことは自分にもよくわからないが、魔法が根付き始めたのは外国と比べ
てかなり遅い方らしい。
おかげで学校の授業に魔法が科目として加わり、生物学には魔物がくわわり、
世界史の授業に魔法の歴史がくわわる…という具合に教科書は大きく変更せざ
るを得なくなった。
当然テストも受験も実技科目も大きく変更されることになり、僕たちの今まで
のありとあらゆる勉学は世間一般で言うところの一昔前の常識程度のものでし
か無かったというのを何となく思い知らされた。

「この重たい本も魔法が使えれば簡単に運べるのにね。」

「は…運ぶくらいなら僕がやるよ!」

「ふふっありがとリヒトくん♪」

ユーカはにこっと笑って見せる。
リヒトにとって活力となるこの笑顔だが同時に直視し続けると何とも言えない
高揚感があった。
油断するとすぐ出てくる頬の歪みに気をつけながら、リヒトは彼女から顔をそ
らしながら返事をした。

「リヒトくん。変な顔してるよ?」

「えっ?」

「ほら、窓ガラスに変な顔が映ってる。」

ユーカは結構細かいところまで見ている。
それが彼女を優等生たらしめているとリヒトは思った。
結局のところ洞察力と視野。この二つが学問において必要なスキルなのだと
ユーカを見て思った。
新しく魔法のカリキュラムが追加された最初のテストで人間の中で一番の成績
を残したのはユーカだった。
誰もかれもが右も左もわからないまま受けた最初のテストでユーカが出した成
績は堂々の100点満点。
同じクラスにいた人間はおろか魔物たちでさえ目を丸くしたのは記憶に新しい。
勉学の順位など気にしないリヒトでさえ凄いと思ったほどだった。
魔法には他の教科のように類推する教科がない。
その中で一から勉強して模索して、共通点を探し当て通常の勉強と同等にこな
す彼女は天才的に見えた。


「し、してないから!」

「そう?じゃあ私の顔かな?」

「いや!ユーカさんが変な顔なはず…!」

「はーあ。変な顔って言われちゃったなー。わたしショックだなー。リヒト君
 からそんな言葉が出てくるだなんてー。」

彼女とリヒトが関係を持ったのも魔法含めその他の教科も壊滅的なリヒトが図
書室で補習テストの勉強をしていた時に教えてもらっていたからだ。
そんなことがあってから次第に二人は仲良くなり今はこうして放課後は図書室
で彼女と二人きりでいることが楽しみになっていた。
だが当然勉強を助けてもらっている以上彼女に頭は上がらない。
ユーカがからかうようにため息をつくとリヒトはわたわたとし始める。

「違うって!」

「勉強も教えてあげてたのに。荷物持ってくれたのはありがたいけど…ちょっ
 とがっかりかなー。」

「うう…ユーカさん!」

「あはは!ごめんね。リヒト君っておもしろいよね。」

「ほら…ここの階段降りたら職員室ですよ…」

リヒトがユーカの笑顔に安堵したその時だった。

「えっ…!」

「りっ…リヒト君!」

ガン!

という乾いた音が聞こえた。
音から察するにそれはバケツ。
幸いにも水は入っていない。

「なっ!ばっ…バケツ!?しまった!」

だが階段を降りようとしたリヒトにしてみればそれはとてつもない危険なトラ
ップと化していた。
誰かが掃除の後にほったらかしにしたのだろう。
段差をおりるつもりで伸ばした足がバケツに突っ込まれ階段と足の摩擦係数を
0に近しくしていく。

「うああああああっ!」

「リヒト君…!リヒトく―ん!」

ガダン!ガバダンッ!

リヒトは盛大に転げ落ちる。
音を立て、体を打ちつけ、抱えていた本は宙を舞う。

「がっ!?」

「リヒト君!今保健室に連れて行くから!」

「だっ…大丈夫ちょっと転んだだ…げっ!?」

そして落ちてきた本がリヒトの頭にあたると気絶した。

――――――――――――

「ほーら。これで治った。さ、今日はもう帰りなさい。」

「はい…すみません。」

「ね、魔法って便利でしょ。頭
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