この時期は朝のころから空気が冷たい。
近頃は雨戸を閉めなくては寒波に襲われ夜中にでも目が覚めてしまう。
肌に突き刺すこの寒さが、ひりひりとした痛みが、私を現実へと目覚めさせて
くれる。
「ふう…」
ため息をつきながら私はいつものように起きる。起きて洗面台へ向かう。
子供がお手伝いで井戸から汲んできた水を救い顔を洗う。
そして寝巻の袖からはみ出る入れ墨の模様に私はまたため息をついた。
先月。なぜ私はあの男のために感傷的になってしまったのだろうと
今になって後悔している。
原因は二つあった。
一つはこの入れ墨だ。
先月リリム達とともにエミールを救うために私はやむをえず他の魔物たちと
淫行をしてしまった。
あの時は謎の正義感があった。
いやいやながらも実は楽しんでいた節があった。
しかしその後家に帰り嫁の顔と娘の顔、そしてテーブルに乗った暖かい食事に
迎えられると私はとても後悔した。
結果としてエミールはあの場にいた魔物たちの機転の利いた作業により一気に
ホムンクルスの治癒材料を集めることができた。
だが契約の所為で私の体はいたるところに契約の入れ墨が走ることになった。
迂闊に晒そうものなら教団に一家もろとも弾圧されかねない。
もうこれからは長袖以外の服は着れないだろう。
一応契約が履行されればそれで入れ墨も消えるというのを去り際にリリムに
聞いたがどうやら契約した魔物たちは全員エミール側についてしまったらしく
連絡が取れない。
そしてもう一つは治したエミールが森からアークインプ、召還した魔物たちと
ともに姿を消したということだ。
それだけならまだいい。
私は机の上にある手紙を手に取り内容を読み返す。
復活したと思われるエミールからの手紙だった。
それは近いうちに私の家に来るという内容だった。
私は正直目を丸くした。
騒ぎの張本人がまさか向こうからやってくるとは思わなかった。
相変わらずこの町には教団の警備が厳しい。
エミールが魔物たちを連れて姿を消してからはそれに合わせるように教団の
警備員達の姿も消えつつあったが、それでも十分に目は光らせていた。
そんな中でアークインプがここへ来るとしたなら…。
私はせいぜい姿を消す呪文くらい使ってくれるだろうと祈るしかなかった。
そういえば彼を少年エミールとしてではなくかつての魔術師エミールとして
この家に招き入れたことはない。
それに私にしてみれば自宅は居城のようなもの。
トラブルの種でしかない彼を入れたいとは思わない。
だが彼はここへやってくる。理由は一つだ。
ガランガランと店のドアの開く速度に比例しけたたましい音を立てる。
憂鬱な気持ちを持ちながらも私は下へ降りて行く。
「せーのっ…パンをかいにー!」
「久しぶりじゃないか。」
「そうだな。まずはそこに座っててくれ。飲み物をだそう。」
「…こらー!『きました―!』でしょー!れんしゅうしたでしょー!」
来客はアークインプとエミールだ。
少年エミールのころだったらそれでも良かったんだろうが正体が判明したせい
かエミールは恥ずかしそうに黙っていた。
私の前で強がってはいるもののやはり見えないところではアークインプには
逆らえないようだ。
改めてみると滑稽だ。
私を翻弄し続けたわがままな客が今じゃ少女一人に手も足も出ないなんて。
「やらないのか?来ました―って。」
「そんな悠長なこと言ってられない。」
「むうー!戻ったらお仕置きだからね…おじいちゃん?」
せっかくリリムの手によって治してもらったホムンクルスにあまり負担をかけ
ないであげて。
私は胸中で彼女を制止する。
あれからホムンクルスとしての素材の体を新調したエミールはすっかり
元気な姿を見せている。
うっとうしさは変わっていないが、体を張ったかいがあったというものだ。
だがタイムリミットだけはほぼ限界ぎりぎりまで来ているのかその言動には
焦りが見えていた。
丁度煮立てたミルクをコップに注ぐとアークインプにはココアを、エミールに
はミルクをいれたコーヒーを持っていく。
アークインプが冷ましながら唇を潤す横でエミールはコーヒーに口をつけず
話し始めた。
「さて、単刀直入に言おう。僕は明日教団の魔道書の保管庫に進入するよ。」
「…おまえは来なくていいんじゃないか?嫁さんの方が強いし。」
「おじいちゃん役に立たないけどすぐに直さないといけないから持って帰って
る時間がないんだよね。到着したらその場で治しちゃうの。」
「原理不明ではあるものの教団の内部にある時間の秘術書はありとあらゆる
時間の乱れを正すことができるらしい。おそらく僕の体も元の老人の姿
に戻ることができるだろう。」
「眉唾だな。聞いたこともない。」
「大量に魔法陣のビラを配っていたのは町中のいた
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録