三話 6月4日

薬は持った。魔除けも持った。食事も持った。
ただ武器は持たなかった。
さすがに常連様を傷つけるような真似はしたくなかった。
訪れたのはかつての森。
焼け焦げた彼の家へと足を運ぶ。
本来ならもうこのあたりに来る必要はなかった。
この森に人間はエミールしかいなかったし、商売も今は仕事が軌道に乗ってい
ることもあってわざわざ森に取りに来ることはない。

炎によって焼き尽くされた件の家は、再建されることはなく焦げて朽ち果てて
いた。
あの場から逃げ出しておいてなんだがよくもまあ森が火災で無くならなかった
ものだ。誰かが鎮火させたのだろうか。

「あ、おじさん来てくれたんだね。」

「これは…どうも。」

私は軽くお辞儀をすると少女は苦笑いをした。
人間の礼儀などきっとインプ達にはわからないのだろう。
いくつになっても若々しい…というか少女のまま。
他人を必ず手なずけることがもしできることができるのなら、成長なんか必要
ないのかもしれない。主人と飼犬のように。

「ねえおじさん、おじさんはなにをもってきたの?」

いつもの笑顔で少女が私のかばんを引っ張る。
お土産にでも見えるのだろうか。
自分の店にあったものを持ってきただけなのだがな。

「大したものは入ってないよ。」

「くんくん…いい匂いがするよぉ〜?あ・や・し・い・なぁ〜?」

「サンドイッチだよ。」

「あーそれ久しぶりにたべたいなぁー?」

「向こうについたらね。」

彼女に手を引かれながら森を抜けていく。
あの日のように虫がたかり、葉の裏にたまった雨水を求めて小さな生き物が木
になる果実の様に留っていた。
そしてあの時と同じように私は彼の家に…余り仲良くしたいとは思わなかった
魔術師、エミールの家にたどり着いた。
周りの草木は変わっていないのに、建造物であるこの場所だけが変わっていた。
焼け焦げ、家の上半分は無くなり、無造作に屋根だった物と天井だった物が破
片となって屋内だった場所に黒く転がっていた。
逃げ出した時は大して気にも留めていなかったのだが誰があの業火の炎を消し
たのだろうか。
やはりそれがどうしても気がかりだった。
少し木々からは開けた場所に立っていたからにしたっておかしい。
燃え尽きたのなら下の土台の部分だって消えているだろうし。
様々な思惑があったが、とりあえず止めておく。
立ち止まる私の手をアークインプが引っ張り、催促されていると理解した。
彼女の要望のままに焼け焦げたエミールの家に入る。

すすけた壁、焦げた匂い。
5年の歳月からか木造の家だったこともあり屋内だった場所にも新しい命が芽吹
いている。

「……。」

だがやはり、というか。
そこにあった白骨は何も語らない。
壁にもたれかかり、そのすべてを受け入れたかのように。

これはエミールの死体だ。
当然だ。あの場で死んだのは紛れもないエミールだ。
とりあえず冥福を祈ると私は家から出ようとする。

その時だ。
いつぞやの少年がそこにいた。

「きみは…エミール君だったね。」

「…うん。」

「そうか…覚えてるかな?パン屋の店主だけど…」

彼が背後にいたのに気付かず、少し面食らってしまった。
同姓同名の少年。
あたりさわりのないように話しかける。
彼があの魔術師かどうかは私にもわからない。
ただ…今はまだ知りたくないだけだったのかもしれない。
正直家庭が円熟になってきた身だ。
トラブルに巻き込まれるのだけは避けたい。
5年前のあの一件以来、魔術師や勇者、傭兵との取引は避けている。
危険な取引をしていたわけではないが、貿易なんて仕事をしていればその筋か
らの依頼は後を絶たない。
だがそれももう引退だ。
そう決めていたのに…なぜ今私はあの魔術師エミールに会おうとしてしまった
のだろう。
少年エミールを見つめると何故かそう思ってしまう。
答えのないまま足を運んだのはなぜだろうか。
あるいはここに答えがあって、それを見て答えを得て、私になんの得があった
だろうか。

「うん。覚えてる。」

「はは、そうか。会えてうれしいよ。今日はこの子に誘われて遊びに来たんだ。
 ほら、うちの自慢のサンドイッチも持ってきたぞ。」

私は少年少女を誘い昼食をとることにした。
家を出てシートを敷きその場にサンドイッチを詰めたバスケットを開く。
目を輝かせたのは少女だった。反面少年は年に似合わず黙ってサンドイッチに
手をつける。

「わあー!見て!海のお魚だよー!はい、おにいちゃんあ〜んして?」

「いいよ。もうこっち食べてるし。」

「あ!それ私が目をつけてたエビのサンドイッチ!ずるい!」

「知らないよそんなの。ほら半分あげるから。」

エミール少年が半分ほどちぎってアークインプに渡す。
嬉しそうにそれを受け取ると食べかけの
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