白と灰。まだら模様の曇天が低くうなりを上げ始めた。
「・・・今年ももう秋は終わりかね」
片目を開けて独りつぶやく。
ジパングは大陸とは比ぶべくもない小さな島国である。しかし特異な地理条件が
多様な気候を生み出す土地であった。雷鳴一つを挙げても、東の海岸線では夏ごろに
入道雲が雨と共に連れてくるものと解されている。一方、西の海岸線では冬の初め、
降雪の予示として受け取られる。ために、雪国の住人は「雪おろし」と呼び季節の移りに身構えるのだ。
青年は昼食後のひと時を布団にくるまって過ごしていた。しかし屋根の上に冬の気配を
感じ、何に急かされたわけでもなく午睡を打ち切ることにした。
「はいはい、午後の仕事にかかりますよ、と。」
小さな港町の隅、この青年は二十に満たないながらも一人で暮らしていた。
板張りの家と、小さな畑のみが財産であった。磯にほど近くの畑に出れば馴染みの海が
そこに見えた。
薄暗い日であった。風は然程もなく、海面には小波がいくらか見えるばかり。
日の差さない空を映してやはり鈍色である。青年は一つ伸びをして唐黍の収穫を始めた。
秋獲りの唐黍の残りを手に取りつつ青年はぼんやりと冬のことを考えた。
-冬のよい点は一つ。食物の腐敗が遅いことである。
-冬のよくない点はいくらでも。最大は、食物に乏しいことである。
それでも、港町はまだ良い。冬は冬で獲れる魚はあるのだから。内陸などは秋口までの
蓄えがその冬の命運をそのまま決めてしまうのだ。かつて両親はもっと山のほうに住んでいたと生前に聞いた。どうにも喰い詰めて、近場の港町に居を移したのだと。
「冬でも菜物が育つ部屋があるって、ほんとかな?」
近頃聞いた話。曰く、年中暖かに保った部屋の中で光を与え、菜を、花を、育てるのだと。そういう術が都の方にあると言う。
「いつかこの貧乏人にもそんなことができるのかな」
半ば期待なく言う。ここ何年か都を中心に得体のしれない、それでいて夢のような術が
多く顕れているらしいと人から聞く。中には妖怪の仕業じゃと恐れる者もあるのだとか。しかし青年は別段の恐怖を抱いていなかった。
このジパングでは、それこそいつの世でも妖絡みの話は尽きない。どこそこの何某は
山姥に育てられた、誰彼の飼う猫が人の身を得て飼い主を誑かした、そんな話は幼子も知っている。実際のところ孤島の中で多くの神性を祀る風俗を通じ、超常の者たちへの
近しさは大陸のそれとは違っているのだろう。
ただ青年の平常心はそのような洞察に依ってはいなかった。ただ単にわが身に関わりなしという無関心が根本である。華やかな物は全て都の中、侘しい集落にそんな事は起こるまい、と決めつけていた。
「んー?」
今日の様子は何か妙である。このような空模様は、岩を引きずるような唸りをさせつつ
まばらに明滅するのが普通であるところ、今日は異様に明滅が多い。見上げた空は十も数えきらぬ間に四度は瞬いた。
時折の響きの他は音もなく、薄暗い午後とは言え辺りは静まっている。青年は何か心細いような、腹の底にひやりとしたものを感じた。
幸い半刻もかからず唐黍はあらかた獲り終えた。幾らかの残りはまた次で良いだろう。
こんな日はさっさと夕飯を食べて寝てしまえば良いんだ。
「いっ・・・!」
落雷の轟音が響いた。鞭打つような甲高い音である。雷雲が己の真上にあることの証で
あり、取り急ぎ身を隠すべきであった。
「これは危ない・・・」
青年は焦り、唐黍の籠を担ぐと小走りで帰路についた。
「ふーーっ」
家前に走り込み、息を吐く。思いがけない運動に汗ばんだ体に秋風が心地よく、籠を下して土間を越えればもう雷の恐怖は喉元を過ぎている。さりとて今日はもう仕事をする気にもなれなかったので、先に手を洗おうと台所に近づいた時だった。
がりがり。ばりばりばり。
青年の体表が泡立ち、固まった背筋が肩を持ち上げる。何かが、台所に、数歩先にいる。
犬や猫だろうか、猪だろうか、まさか・・・熊だろうか。何であれ確かめねばならない。
もしも熊などであったなら、大事である。急いで周囲に知らせ、追いやるなり殺すなり
する準備を始めるべきだ。壁の縁に身を寄せ、そろりと台所を見やった青年は思わぬものを見た。
女である。いや、「女のようなモノ」である。
少し前かがみではあったが身の丈はおよそ自分と同じぐらい。異様に丈の短い着物を着ているようで、太腿の下は足元の足袋まで露わであった。
・・・もしもそれだけであったなら或いは気の触れた人間、で済ませられたかも
しれない。しかし、頭上に突き出している獣の耳と思しきものと先端に淡い光を帯びて
僅かに持ち上がる髪がただ人でないことを告げている。青年は目の前の女が人間ではないと理解した。
がりがりがり。ばきっ
それ
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