水底の呼び声

丁度太陽が天に届くころ、とある漁村の入り口である小高い丘で、呆然と立ち尽くす二人組の人間がいた
二人とも大きな背嚢を背負い、腰には剣を携えているからして旅人である
その一人であるアンドレジーニョ・フェノン―――アンドレは、目の前の現状を頼れる相棒であるエイドリアナ・キース―――エイダに問うた

「……これはいったいぜんたい、どういうことだ?」
「私に聞かないでよ」

前の街から一週間以上かけて到着したこの漁村、話によれば新鮮で良質な海産物に恵まれているので美味い飯にありつける、とのことだったが……

「だってこれは、あまりにも――」
「みなまで言わないでよ、そんなの一目でわかるわ」

そこは正しく廃村―――いや、正確にはその一歩手前と言うべきだろうか
話に聞いていた、小さいながらも活気溢れる漁村ではない
そのくらいに、この村には生気と呼べるものが枯渇していたのである

村に人の気配が無いわけではない、海へと流れる川沿いに建っている水車小屋からは製粉機が動く音が響いているし、遠目からではあるが桟橋に係留された漁船もメンテナンスが行き届いているように見えた

「……取り合えず、宿を取ろう」
「そうね、人がいないわけじゃなさそう」

その言葉の通り、チラホラと村人らしい人影が見える
だが、入り口から村の中心部へ近づくにつれ、その異様な雰囲気は気配から実感へと変わり、肌で感じられるようになった
地図によれば村の中心部である、ささやかな噴水がある広場には露天が立ち並んでいるが、陳列されている筈の商品は無い
不漁だったのかと思ったが、雑貨までない
それどころか、中心部であるにもかかわらず人っ子一人歩いていないのである
まだ太陽は天高く輝いており、家に篭るには些か早い時間帯だ
更に言うならば、磯風の臭いに似た何かの臭い、それもかなり強烈な臭いが充満している
なんの臭いだろうか、判別は付かないが記憶が確かならば二年ほど前に二人が訪れた漁村では嗅いだことのない臭いであった

鼻が曲がるようなこの臭いは耐えられなくもないが、出来ることならば今すぐにでも引き返したいというのが二人の本音であった
だが、この先や周囲には暫く他の村は無い、どうやっても馬を借りなければ次の村まで一日以上掛かってしまう
更に運の悪いことに、この漁村―――リーンス・マースは街と街を繋ぐ街道からは離れたところに位置し、野宿などした途端に魔物か盗賊の餌食となってしまうだろう
大所帯のキャラバン等ではなく、荒事専門の傭兵のように腕が立つわけでもない、ある程度の場数や旅の経験こそあるものの、一介の旅人に過ぎない二人にとってそのような事態は極力―――いや、確実に避けたかった

「あそこが宿か」
「そうみたいね、取り合えず入りましょう……中に入れば幾らかマシなはずよ、壁があるもの」

中心部から1ブロック奥に入ったところにある一軒の宿
見た目こそ綺麗であり、海沿いの強い海風と嵐に耐えられるよう、頑丈なレンガで出来た三階建ての建物である
軽やかなドアベルの音と共に中に入ると、臭いこそ外よりはマシにはなったが、店内は外の状況と同様に閑散としていた

酒場兼飲食店であるというし、今は丁度昼時であるからしてある程度の人だかりを期待していたのだが、期待はずれもいいところである
カウンターにいる店主らしい女性も、どこか上の空というか、元気が無いように見えた
どうやら、この村は本格的に寂れているらしい、廃村も秒読みといったところだろうか

「すいません、なにか旅の者なんですけどね、一日泊まりたいんだ」
「……ッ、はい、一泊……食事つき、30ギル、です……」

そうしていやに歯切りの悪い口調で告げられた額は一般的な宿の料金よりも半分以上安いものだった
泊まっている客はいないから好きな部屋をとのことだったので、階段を上った先にある部屋を借りることにする
部屋はごくごく一般的に旅人向けとされる宿と大して変わらない簡素なもので、ベッドが一つ、机と椅子一式が鎮座している
唯一違うところといえば、強風による破損を避ける為であろう、頑丈な作りの小窓は嵌め殺しで開け放つ事はできない、それでも、適度に広く、清掃が行き届いていてシーツも真っ白で清潔感がある、上等な一室だ

普段ならば宿代を節約して相部屋だが、その宿代が安いという事もあって別々の部屋である
荷物を置いて一階で昼食をとった後、村の散策に乗り出した

「美味かったな、料理」
「そうね、こんな雰囲気だからどんなものかと不安だったけど」

噂に違わぬ新鮮な魚介類をふんだんに使った料理は絶品の一言に尽きるもので、貝類で出汁を取ったというスープに始まり、茹でた白身魚と野菜のサラダ、メインディッシュのアクアパッツアを二人は夢中で口に運び、舌鼓を打った
暫くの休憩の後、店
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