幸川県には通称「ヒモ男条例」というものがある。
この正式名称「高所得者の消費奨励に関する条例」は、平たく言えば「高所得者が高額消費をする場合、所得税をその分免除する」と言うものだ。
これだけなら税金対策で高級車を買うのとそう変わらないが、凄いのはここからである。
何と、個人消費に対しても適用される上に専業主婦/主夫を持った場合は免除範囲が拡大されるというのだ。
それ故稼げる魔物娘が主夫を欲するのが「ヒモ男条例」と呼ばれる所以だ。
幸川県の上の人は、景気が悪いのは高所得者が買い物をしないからと言う考えを持っている。
だから一定以上の所得税を高く設定して、投資・雇用・買い物をすればそれを免除する事にした。某クレジットカードのCMコピーの如く、富裕層の買い物が富を庶民にもたらし経済を活発にすると考えているのだ。
当初は反対意見もあった為社会実験としてスタートしたこの制度だが、実際生活保護受給者数や失業者数に改善が見られたことから本格導入が行われたのである。
そんなわけで、今日も中央商店街を豪華に着飾った男連れの刑部狸や稲荷のお姉さんが町を闊歩しているのである。
これは、それを知らずにヒモ男となってしまった青年とお稲荷さんのお話である。
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「あれ?この辺りに置いておいたんだけどなぁ?」
僕、三原 凪(みはら なぎ)は捜し物をしていた。
テーブルに置いていたはずの求職情報誌「だけ」がなくなっているのだ。
いや、なくなっていたのはそれだけではない。履歴書もなくなっていたのだ。
「なーくん? 君のお仕事は何だっけぇ?」
僕の後ろに、稲荷のお姉さんがどーんと立っている。
彼女の名前は中原 皐月(なかはら さつき)。
この辺りでは他社の追随を許さない地元大手スーパー、リビングマートのトップにも近い存在とのことだ。ちなみに、特に幸川県内では全国にモールを建てまくるあの有名チェーンすら牙城を崩せないでいる。それだけ地元に支持されているのだ。
彼女自身も先述のようにかなり上のポジション(もちろんコネではなく実力)なのだが、それ以上のことはなかなか教えてくれない。
「お金に困ったら、何でも言いなさいって言ったわよねぇ?」
「いや、そう言う訳じゃなくって・・・」
「じゃあ、何?」
「・・・申し訳ない。」
実は、皐月さんは僕が何か欲しいと言ったらすぐにそれを買ってきてしまう。
しかもだ・・・考えていたものより遙かに高級なモノを買ってくる。
例えば某通販サイトのアジアンタイヤと15インチホイールの3万円にも満たないセットを見ていたら、いきなり僕の右手ごとマウスを握ってブラウザを閉じた。そして翌日には、国産タイヤとTE37のセットを買ってきた。確かアレって通販サイトでもタイヤがハンコックで12万くらいするはず。リアル店舗で国産タイヤとだったら20万くらい平気で行くんじゃ・・・。
他にも中古のバケットシートを見ていたら新品の10万なんて余裕で突破するレカロを買ってきたり、ノーブランドの液晶ディスプレイを見てたら皐月さんの手にはEIZOのディスプレイがあったり・・・こういう事が結構あって、この3件だけでも推定50万くらいは使わせてしまっているのだ。(ちなみに、実際にいくら払ったのかは教えてくれない。)
いくら皐月さんが勝手にやっていることとは言え、額が額なだけに恐ろしく引け目を感じている。
実際、このレベルになると迂闊にアレが欲しいとか言えなくて逆に恐ろしいのだ・・・。
それで自分の遊ぶ分くらい自分で稼ぎたいと言ったら猛反対。
それどころか、月に5万円小遣いを渡すという始末。
しかも、その金を全部使いきれと言うのだ。
ちなみに、彼女に貰われた直後全てのポイントカードを没収されてしまった。
これまで少ない小遣いをやりくりしていた自分には到底理解できない行動の真意について訊くと、こんな答えが返ってきた。
「お金の心配なんてしなくていいんだから、みんなも儲けさせてあげて。」
僕がプラモを買おうとした時も、割り引いてない昔ながらの模型屋さんで買えと言われてしまった。
それは、「地元の商店が儲けてくれないと、うちにお客さんとして来てくれなくなるから」と言う考えがあるからだと言う。だから、実は地元のお店がテナントに来る際はできるだけ家賃を安くしようと考えているらしい。
・・・どこのヘンリー・フォード(※1)ですか。
・・・で、今に至るわけである。
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僕と皐月さんとの出会いは、何とも奇妙だった。
ある日、リビング・ワイド(※2)高山本店をぶらついていた時のこと。
通路のど真ん中で、幼稚園児と思しき男の子が大声で泣いていた。
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