夢幻の漂泊者達

 リヨンは、剣を杖にして立っていた。目の前には、彼が首を切り裂いた敵の槍兵が倒れている。首からあふれている血が、泥と混ざり合っている。
 リヨンは、荒い息を突きながら辺りを見回す。彼の馬はいない。落馬した際に逃げ出し、何処へ行ったのか分からないのだ。リヨンの従騎士もいない。乱戦の最中にはぐれたらしい。
 リヨンの喉に痛みが走る。槍兵に槍で突かれたのだ。鎧で防ぐ事は出来たが、喉を傷める事までは防げなかった。体中に落馬した際の痛みが走る。骨折をした様子がない事がせめてもの救いだ。
 リヨンは、剣を手に歩き出す。この状態で戦う事は命取りだ。敵から逃げなくてはならない。リヨンは、田舎領主の土地争いで命を捨てる気は無かった。
 彼は、よろめき歩きながら、吟遊詩人として旅した日々の事を思い出していた。そして共に旅をし、愛し合った魔物セイレーンの事を思い浮かべていた。

 リヨンは騎士の家に生まれ、騎士として育てられた。だがリヨンは、騎士としての生活よりも、歌や音楽、物語の世界を愛している。彼は家督を弟に譲り、出奔して吟遊詩人となった。町から町へ、村から村へと旅しながら物語を歌った。
 吟遊詩人としての生活は、苦しみが多い。リュートの演奏や歌が下手だと見なされれば、激しい野次を浴びせられて追い払われる。物語がつまらないと見なされれば、見向きもされない。リヨンは、伝手があったため音楽と詩学の教育を受ける事が出来たが、実践するとなると話は別だ。
 そして、貧しく不安定な生活をしなくてはならない。吟遊詩人として得られる報酬は、一部の人気者を除けば微々たるものだ。わずかなパンを口にし、野に眠り、薄汚れながら放浪した挙句、野垂れ死にする者も珍しくない。リヨンは、かろうじて生きて来た。
 だがリヨンは、騎士としての生活よりも吟遊詩人としての生活を送り続けた。騎士として殺し合いをしたくは無かった。騎士道物語と現実は違う。下らない理由で戦場に引き出され、無意味な殺し合いをする事が現実の騎士だ。それに、音楽と物語はリヨンを魅了し続けた。
 この苦痛と歓喜が交差する生活の中で、リヨンは独りのセイレーンと出会った。
 セイレーンと出会った場所は、大陸南部にある港町だ。潮と魚の臭いが漂い、船乗りと漁師が行きかう町だ。リヨンは、この港町の一角にある広場の片隅で船乗りや沖仲士を相手に、船乗りと海賊のドタバタ騒ぎの物語を歌っていた。
 観客の中に一人の魔物娘がいた。腕の代わりに青い翼を持ち、紫色がかった黒髪の魔物娘だ。この港町のある国は中立国で、人の行きかう港町では魔物娘の姿を見る事が出来る。
 リヨンは歌い終わり、観客の投げる硬貨を拾い集め終わる。すると、その魔物娘は前に出てきて、リヨンに硬貨を手渡す。そして歌を歌い始めた。
 青い翼を持つ魔物娘は、船乗りの冒険物語を歌い始めた。船乗りは、冒険の最中に故郷に残した妻の事を思い出す。そして冒険を終わらせて妻の元へ帰り、物語は終わる。
 歌を聴いていた者達は、呆けたような顔をしていた。一拍置くと、激しい歓声が魔物娘に浴びせられた。魔物娘は、微笑みながら一礼する。魔物娘には、次々と硬貨が投げ与えられた。
 リヨンは、感嘆しながら魔物娘を見ていた。その魔物娘の歌声は高く澄んでおり、聞く者に活力を与えそうな声だ。彼女の声量は、人間女の歌い手よりもある。そして、歌の技術もなかなかのものだ。
 硬貨を拾い終わった魔物娘は、自分を凝視するリヨンの元へ近づいてきた。彼女は、硬貨を差し出すリヨンに、微笑みながら話しかけてきた。彼女の名はエウメリアと言い、歌声で人を魅了する鳥の魔物娘セイレーンだ。リヨンと同様に、物語を歌いながら旅をして生活しているそうだ。
 リヨンは彼女の話を聞き、そして自己紹介をした。そうしながら彼女の事を見る。良く動く緑色の目が印象的な可愛らしい顔に、人懐っこい明るい表情を浮かべている。日の光に映える青い羽根の翼が、小柄な体と合っている。胸と下腹部をわずかに隠す黒色と淡い紫色の衣装は、娼婦かと思うほど露出度の高いものだ。
 二人は、自分達が旅して来た所について情報を交換する。そして、歌と物語について話し始める。リヨンは、初めは慎重に話をした。吟遊詩人は、歌や物語についてこだわりがある。その為に、意見が対立して乱闘になる事もあるのだ。だが、エウメリアは屈託のない様子で話す。それでいて、リヨンの話を尊重しながら聞いている。
 二人は意気投合し、共に旅をする事にした。二人組んで物語を歌えば、客の受けは良いだろうと考えたのだ。二人は、海沿いの町や村を共に旅する事にした。

 リヨンは、泥にまみれた姿で安全な場所を探した。負傷と疲労が体を蝕む。どこかで体を休めなくてはならない。
 だが、戦場で安全な場所は少ない。短い休息を取る事
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