堕落神を信じますか?

 カルトだと分かっていながら入ろうとする者は、馬鹿かキチガイだろう。俺は、その馬鹿でキチガイな野郎だ。
 何せ、「堕落教団」などと言う名前の宗教団体に加入したのだ。「堕落教」という看板を掛けてあるビルに、「堕落教」のパンフレットを手にして入っていった。通りすがりの人の白い眼を無視して、笑いながら入ったのだ。

 なぜ俺がカルトに嬉々として入ったかというと、俺は落ちこぼれだからだ。俺は、ろくな人生を歩んでこなかった。家庭では要領の悪い息子、学校では取り柄のない落ちこぼれ、地域社会では不器用で不恰好なガキだった。友達もいなかったし、当然恋人もいなかった。
 大人になったら、俺のザマはさらにひどくなった。会社では使い物にならずに、すぐに辞めさせられる。就職しては失業し、就職してはまた失業する。その繰り返しだ。親が助けてくれなかったら、俺はホームレスになるか餓死していただろう。その親も、俺をほとんど見放している。
 俺自身、俺には愛想が尽きた。この下らない人生を終わらせたくなったのだ。とっとと首を吊ってケリを付けたくなった。そんな俺としては、カルトに入って自分の人生を壊しても惜しくないわけだ。もちろん他人の人生など、喜んでぶっ壊してやる。

 俺が堕落教団の勧誘を受けたのは、ハローワークからの帰りだ。ハローワークに紹介してもらった所は、すでに五社から不採用通知を受けていた。それでまた新しい会社を紹介してもらったのだ。
 俺は、夏の暑さとうまくいかない就職活動にうんざりしながら歩いていた。訳の分からない店やら会社が並ぶ裏通りを、汗をダラダラ流しながら歩いていた。猫耳のカチューシャを付け、メガネをかけメイド服を着た女の子が客引きをしているような界隈だ。俺はぼったくられる金もないので、無視して歩き続けた。
 そんな中、一人の女が俺に近づいてきた。また客引きかとうんざりすると、その女のかっこうが尋常ではないことに気が付いた。キリスト教の修道服に似た黒服だが、露出度が高い。胸の谷間が露わとなっており、両足の所が深いスリットとなっている。そのスリットから、黒皮のベルトを巻き付けた太腿が見える。しかも、首や手足に鎖を巻き付けているのだ。
 俺は、呆れてその女を見た。新手の風俗店の客引きだろうかと、その女の格好を見て思ったのだ。その若い女は、俺の表情を気に留めない様子で微笑みながら話しかけてきた。
「あなたは堕落神を信じますか?」
 俺は、その女をまじまじと見つめた。「神を信じますか?」なら分かる。どこかの宗教の勧誘だろう。だが「堕落神を信じますか?」とは何だ?俺は、聞き間違えたのかと思った。
 呆れた事に聞き間違えではなかったのだ。その女は、俺に対して堕落神の教えをしゃべり始めた。俺は女の話を遮って、その場から離れようとした。新手のカルトか風俗かは分からないが、まともに相手をしても仕方がない。その女は俺に取りすがると、強引にパンフレットを押し付けた。俺はうんざりしながらパンフレットを受け取ると、足早にその場から離れた。
 パンフレットなどさっさと捨てようと思ったが、面倒臭くて家まで持ってきてしまった。これが俺の堕落の始まりだ。

 家に帰ると、ベッドに寝転びながらパンフレットを読んだ。途中までは傾聴に値するものだ。
――今の社会では、過剰な労働と貧困が拡大しています。人々はわずかな金のために、奴隷並みの重労働をしなくてはなりません。日々の生活に休息は少なく、睡眠すらろくに取れない有様です。過重労働を拒否すれば、生活できないほどの貧困が襲い掛かります。今の社会においては、人間は使い捨ての道具です。
 この様な事を書いていた。ここまではいい。問題は、この先に書かれている事だ。
 ――だから堕落神を信仰しましょう。堕落神を信仰すれば、過重な労働から逃れられます。食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求を満たすことができます。同じ神を信じる者があなたをセックス三昧の日々へと導いてくれます。今すぐ堕落神を信じ、ともに食う、寝る、セックスの生活を楽しみましょう。
 このパンフレットを読んだら、大抵の人が呆れるだろう。セックス教団の宣伝活動が街中で堂々と行われているのだ。あの扇情的な修道服もどきは、セックス教団の制服であるわけだ。
 俺は、パンフレットを俺にくれた女を思い返した。金色の髪と紫色の瞳が目を引く若い美女だ。スタイルは良く、豊かな胸と長い足が目立っていた。その胸と足を惜しげもなくさらしていた。セックス教団の勧誘員としては、うってつけの女だろう。
 あるいは宗教を装った風俗かもしれない。あの女は風俗嬢かもしれない。パンフレットを配っていた場所が場所だけに、その可能性はある。
 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、これはこれでいいと俺は思った。まともな宗教など、信じる価値のな
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..8]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33