一面の雪の中に吹雪が荒れ狂っていた。風と雪が、生ある者に悪意を持って荒れ狂っているようだ。雪の中で、木々や山肌が厳然とした態度で存在している。
雪の中に二人の男が倒れている。二人とも血を流し、黒い服は雪に覆われている。流れ出した血も固まっており、雪の中へ消えて行く。
一人の男が微かに動く。手を伸ばそうとするが、震えるばかりでまともに動かす事が出来ない。男の体中は凍傷にかかっており、もはや動かす事は出来ないのだ。
男は酷寒の中で、身も心も凍えていた。体は冷え切っており、次第に凍り付いて行く。冷たさと痛みに支配された体は、心を痛めつけて凍らせていく。
男は、白い地獄の中で死なねばならぬ理由を思い返していた。
グリゴリーの所属する部隊は、雪中行軍を命じられた。山のふもとを通り、雪原を抜けろと言う命令だ。雪中での行軍の知識と技術が必要であり、その為に実際に体験する者達が必要だとの事だ。現在は、王と大貴族の間で領地争いが起こっており、グリゴリー達王軍は大貴族の軍と交戦する可能性が高い。敵と戦いながら、酷寒の中で雪中行軍せよと言うのだ。
無謀な命令だ。隊員に死ねと言っているようなものだ。だが、雪の怖さを知らない兵も多く、自分達に命じられた事の意味を分かっていない有様である。少数の兵は雪の恐怖を知っていたが、命じられた兵達は逆らう事は出来ない。命令に不満を漏らした兵は激しい制裁を受け、そのうちの一人は死んだ。全身を殴打された後、酷寒の営倉に放り込まれたのだ。兵達は監視されており、逃げ出す事は出来ない。兵営から逃げ出した所で、人の通れる所は監視の目が光っている。あとは酷寒の雪原であり、一人で渡れる訳が無い。不満を持っている兵も、おとなしく従うしかない。
グリゴリーは、自分に命じられた事の意味を分かっていた。兵隊として取られる前は、寒冷地として知られる村で農奴として働いていたのだ。逃げようと考えたが、それが不可能な事は分かっている。結局、命令に従うしかない。
行軍の準備は急いで行われ、情報が少ない上にまともに装備を整えていない。大雪に慣れていない兵達が、貧弱な装備で雪と敵の中を行軍しようと言うのだ。しかも隊長と副隊長は、急に任に就く事を命じられた者である。予定していた者が災難にあった為、実行三週間前に部隊長、副隊長に任じられたのだ。
そんな中で、行軍を指揮する部隊長はやけにはしゃいでいた。下級貴族出身の部隊長は、失態を犯した為にこの地に左遷されていた。今度の行軍を成し遂げたら、出世街道に戻れると思い込んでいるのだ。この楽観主義者の部隊長は、雪の恐ろしさを分かっていないのだ。
おまけに部隊長は、他の部隊に競争心を持っていた。この雪中行軍は、他の部隊も別の経路から行う。その別部隊よりも良い成績を出そうとして、グリゴリー達の部隊の隊長は張り切っているのだ。
こうして愚か者の集団は、白い地獄へと足を踏み入れようとしていた。
グリゴリー達の部隊は、二百人ほどで雪中行軍を開始した。グリゴリーを初めとする一部の兵は陰鬱な表情をしていたが、大半の兵に緊張感は無い。兵達の中には遠足気分の者達もいる始末だ。もう一つの友軍部隊を追い越して、敵軍を蹴散らしてやるとはしゃいでいた。めんどうくせえなとぼやく者はいるが、彼らにも危機感は無い。
行軍は、初めから雲行きは怪しかった。無謀な行軍に呆れた地元民は案内を買って出たが、案内料目当ての物乞い扱いをして部隊は彼らを追い払った。雪中行軍の経験のある兵はいるが、彼らは別の場所で経験したのだ。これから通る山のふもとや雪原では無い。この地を歩き回った者はわずかにいたが、彼らが歩き回ったのは春から秋にかけてだ。未経験者の集団は、案内人無しに地図を頼りに雪中行軍をしようとしていた。
案の定、行軍は予定通りに進まなかった。雪の中を上手く歩く事が出来ずに、遅れていく。隊長は後れを取り戻そうと強行軍を行い、兵達を疲弊させた。
ここで部隊の根本的な欠陥の一つが露わとなった。隊長と副隊長が指揮権の奪い合いを始めたのだ。二人の方針は繰り返し対立し、隊長は自分の命令を強行し、副隊長は隊長に無断で命令を修正した。その為、指揮系統は見る見る混乱していく。
この状態で猛吹雪にあった。地元民から天候の急変は聞いていたが、たいして気に留めていなかった。やむなく休息を取るが、辺りに風雪を上手くしのげる所は無い。兵達は急速に弱っていく。
副隊長は帰営を主張し始めたが、隊長は行軍を強行した。せめて橇を捨てて兵の負担を軽くする事を副隊長は主張したが、それは最後の手段だと隊長は拒否する。吹雪が弱まった所を再出発したが、再び吹雪はひどくなり道に迷う。やむを得ずに橇を捨てる事を決定したが、この時に隊長だけではなく副隊長の能力も低い事
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