地獄の火クラブの顛末

「『地獄の火クラブ』について知っているか?」
 小栗は、薄い唇を釣り上げて言った。
「確か十八世紀のイギリスにあった秘密クラブだったと思いますが」
 夢野はブランデーグラスを口から離し、怪訝そうな表情で答える。
 ビクトリア様式で造られた部屋の中は薄暗く、豪奢さと共に退廃的な雰囲気を漂わせている。わざとらしく置かれた銀製の燭台の火が、部屋の中を嗤うように照らしていた。
「ああ、悪魔崇拝を絡めた乱交パーティーをやっていたクラブさ。さすが退廃文学の旗手だけあって、良く知っているね」
 小栗の皮肉な物言いに、夢野は苦笑で答える。エログロ小説の書き手である夢野を古風な言い回しで表現するなど、皮肉以外の何でもない。もっともパトロン気取りの小栗の機嫌を損ねない為にも、夢野は苦笑で済ませるしかない。
「実は、その地獄の火クラブを現代に作ろうと思ってね。それで君にも参加してほしいのだよ」
 小栗の言葉に、夢野は薄く笑いながら考える。面倒な事になったな、変な事に巻き込まないでくれ。そう思ったが、夢野の立場では言えない。
「いいですよ。ですが地獄の火クラブの参加者は、社会的地位が有り教養の有る人々だったはずです。私は、その条件を満たしてはいませんよ」
 夢野はイエス、バット式の断り方をする。言っている事が鵺のような訳の分からない物になるが、夢野の弱い立場では仕方がない。
「構わないよ、君には地位はともかく教養がある。参加する資格は有るさ」
 エログロ小説家を「教養がある」と言うのだ。夢野は失笑してしまう。だが、小栗は平然と言い続ける。
「地位と教養両方そろっている者を探すのは難しくてね。君に参加してもらわないと困るのだ」
 こうまで言われると、夢野に断わる事は出来ない。内心溜息をつきながらも、参加する事はそれなりに楽しい事かもしれないと思い直す。
「分かりました。期待に応える事が出来るか不明ですが、私も参加しますよ」
 夢野の言葉に、小栗はブランデーグラスを揺すりながら笑った。

 夢野は小説家だ。とは言っても大した小説を書いているわけではなく、過激な性描写が売りのホラー小説を書いている。出版界での評価は三流物書きと言ったところだ。
 その三流物書きにはパトロンのような者がいた。小栗は、夢野の小説を出している出版社の筆頭株主であり、ポルノ小説やホラー小説を出している各出版社の大株主である。小栗は旧財閥系の一族に連なるとか、投資の世界で活躍していると噂されているが、夢野には正否は分からない。ただ、財産が有る事は確かであり、夢野を呼びつける自宅はビクトリア様式の大邸宅だ。小栗は夢野を気に入ったらしく、何かと援助してくれていた。
 小栗は退廃的な趣味が有り、夢野に付き合わせる事が有った。今回のパーティーもその一つだ。

 夢野が乗った黒塗りのベンツは「修道院」に着いた。修道院は、河畔にある元リゾート地に建っている。バブルの頃に開発されたが、バブル崩壊によって企業と自治体に莫大な負債を残して潰れた所だ。小栗はその土地の一角を二束三文で手に入れて、ゴシック様式の修道院を建てたのだ。
 「修道院」と言っても、本物の修道院ではない。小栗が、自分の趣味の為に建てた快楽の館だ。地獄の火クラブの主催者であるフランシス・ダッシュウッドが建てた悦楽の館である「修道院」をまねて作った物だ。
 小栗の運転手に促されて車から降りると、夢野はこの壮麗な僧院を眺めた。アーチや柱廊、塔などが有るゴシック様式の建物だ。真新しいために中世ヨーロッパの遺跡のような趣は無いが、その分壮麗さは有る。入口の門には「汝の欲する事を成せ」と刻まれていた。庭園には、人魚やニンフ、それに下半身が蛇の女であるラミアが、下半身が馬であるケンタウロスの男や山羊の角と下半身を持つサテュロスの男と交わる彫像が置かれている。また、所々にペニスやヴァギナを模した彫像が置かれていた。
 修道院の建物の入り口の前で、小栗の執事が待っていた。修道院の制服である白い上衣に白いズボン、白い帽子をかぶった姿だ。細面の青年で、二十を過ぎているがまだ少年に見える。彼は、かつて美少年、美青年を集めている事で知られる芸能プロダクションに所属していたが芽が出なかった。その後ホストをしていたところを小栗に拾われたのだ。執事は、端正な顔に笑みを浮かべて夢野に挨拶をする。
 彼に案内されて、夢野は修道院の中を歩く。修道院の廊下には、淫魔たるサキュバスや女悪魔が男と交わっている絵が無数に掛けられている。また、修道女が犬や馬、豚と交わっている絵も掛けられていた。半裸の修道女が、豚のペニスをしゃぶり犬のペニスに貫かれている絵があった。その絵には「歓楽極まり、ここに死せり」と書いてあり、夢野は思わず見とれてしまう。
 小栗は礼拝堂で待っていた。礼拝堂
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