幸福な食事

 肉の焼ける匂いが漂っていた。洞窟の入り口で、火が燃えていた。焚き火だった。その焚き火で、串にさした肉が炙られていた。
 肉を焼いているのは少年だった。痩せて、汚いなりの少年だった。少年は、生焼けのまま肉にかぶりついた。少年にとって、久しぶりの獲物の肉だった。
 洞窟の中を見ると、獲物が何であるかわかった。兎や鹿ではない。血みどろの少女の体が横たえていた。胸、尻、太ももがえぐられていた。洞窟の中は、生臭いにおいで充満していた。

 「おいしそうね。私も相伴してもいいかしら?」
 女の声が響いた。いつの間にか、若い女が少年のそばに立っていた。
 少年は、無言のまま小刀を抜いた。小刀を突き出しながら、女にぶつかっていった。
 女は、少年の突きをかわした。
 少年は振り返り、女を睨みつけた。まともな顔つき、目つきではなかった。獣人なるものがいるとすれば、少年の顔つき、目つきは当てはまるだろう。ただし、狂った獣人だ。
 少年は、再び女に小刀を突き出した。女はかわした。かわしざま、少年に足をかけた。少年は、地に倒れた。女は、少年の体に馬乗りになった。小刀を叩き落した。そして腕を背に捻りあげ、紐で縛り上げた。
 少年は、獣じみた咆哮をあげた。その少年の姿を、女は顔を歪めながら見下ろした。

 「この国の収奪は、報告以上にひどいらしいな」
 指揮官を勤める女が言った。女は人間ではなかった。頭から角が生えていた。背には翼が生えていた。尻からは尻尾が生えていた。
 女は、サキュバスであった。魔王軍の指揮官だった。
 魔王軍は、大陸中央部にある国を侵攻していた。この国は、肥沃な土地に恵まれていることで知られた。同時に、権力者によって激しく収奪されていることでも知られていた。
 「人肉食が起こるとは」
 指揮官は、嫌悪を露にして言った。
 「あの者はいかがいたしますか?」
 少年を捕らえた女が言った。女は、褐色の肌をしていた。そして手足は赤かった。
 女はグールであった。旧魔王時代は、人肉を食したことで知られる魔物だ。
 「夢から過去を探る。この国の実態を知りたい。」
 指揮官は答えた。サキュバスは夢に入り込める。そこから過去を探ることが出来る。
 「ですが閣下が夢を探るのは」
 グールは反対した。夢を見ることは、見るものに負担をかける。まして、凄惨な過去を持つものの夢を見れば、下手をすれば気が狂ってしまう。指揮官として重責を担うものがすることではなかった。
 「コンスタンスにやらせる」
 指揮官は、不機嫌そうに答えた。
 コンスタンスは、実力のあるサキュバスだ。その力量から、指揮官の側近を勤めていた。そして、グールの同僚にして友人だった。
 「承知いたしました。用意をします」
 グールは、一礼して指揮官の元を辞した。

 「あなたも見るの、マリー?」
 コンスタンスは、不満げに言った。
 「ええ、私にとって必要だから」
 少年を捕らえたグールは、平板な声で言った。
 コンスタンスは、無言のままマリーを見た。マリーも、それ以上言わなかった。沈黙が場を覆った。
 「わかったわ」
 コンスタンスは短く言った。マリーの事情は知っている。強く反対できなかった。
 少年は眠っていた。サキュバスの術で眠らされていた。
 「目を閉じて。私の魔力に合わせて」
 コンスタンスは、低く落ち着いた声で言った。
 マリーは、コンスタンスの声に従った。
 マリーは、少年の夢の中に沈んでいった。深く深く沈んでいった。

 一面に麦畑が広がっていた。豊かな実りだった。
 だが、この地の者は飢えていた。
 この地の者の大半は農奴だ。この国の大半の者が農奴だった。
 収穫したものは、すべて領主が奪った。領主は、その収穫から国税と主神教会の取り分を分けた。残りの分を自分の物とした。領主は、自分の取り分の中から、農奴が食する分を農奴に与えた。
 農奴に与えられるものは、生きることが出来るぎりぎりの量であった。働きが悪いとみなされた農奴は、量を減らされた。そして餓死していった。餓死した農奴は、見せしめとなった。
 
 少年は、農奴の一家に生まれた。生まれた時から満足に食べたことはなかった。
 少年は、一家の中でも弱者だった。父と母、そして姉より少ない食糧しか与えられなかった。
 父と母は、少年を殴り罵った。役立たず、無駄飯ぐらい、蚤たかりの犬。そう罵られた。姉は、殴られる少年を見て笑っていた。
 弱いものは、自分より弱いものを虐げる。強いものに立ち向かわない。このことを、少年は体で覚えた。
 農奴は、自分を虐げる領主に這いつくばった。領主の使用人になりたがった。そうすれば、他の農奴を虐げることが出来た。飯も多く食べられた。
 領主の使用人たちは、威張り腐っていた。他の農奴たちに、労役を課
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