ケンタウロスの乗り手

 荒れた道の上に、二頭の黒馬と二人の男が倒れていた。いずれにも矢が刺さり、鮮血で濡れている。
 彼らに二人の男が近づいて来た。二人とも弓と矢を持ち、倒れている男達を襲撃した者だと分る。一人は憎悪に表情を歪め、もう一人は冷笑を浮かべている。倒れている男達に止めを刺すつもりだ。顔を赤黒く染めた男が、懐から小刀を取り出して刃をぎらつかせた。
 風を切る音がした瞬間に、小刀を抜いている男の背に矢が刺さった。もう一人の男は、驚きに表情を引きつらせながら辺りを見回す。見回している最中に、風を切る音と共に胸に矢が刺さる。男は音を立てて倒れた。
 倒れている4人の男の所に、蹄の音を響かせながら一人の女が現れた。上半身が人間と同じ姿で、下半身が馬の姿の女だ。女は、険しい表情で男達を見下ろした。

 火の爆ぜる音と共に、男は目を覚ました。いきなり起き上がろうとすると、背に激痛が走る。呻き声を抑えられず、男の口からは濁った音が出る。
「無理に起きるな。手当はしたが、大怪我をしているのだぞ」
 落ち着いた女の声が、男にかけられる。男は、呻き声を上げ続けながら女を見た。
 女は、人間ではなくて魔物だ。上半身は若い娘の姿だが、下半身は茶色の毛並みを持った馬の姿だ。馬の脚を折りたたんで地面に座り、横たわった男を見下ろしている。
「ケンタウロスか」
 男は、感情の無い声で呟く。
「ああ、そうだ。魔物に助けられたのは不満なのか?」
「いや、助けてくれたのはありがたい。ただ、なぜ助けてくれたのだ?」
「人が不当に襲われている姿を見れば、助けるのが当然だ」
 女の言葉に、男は苦笑する。久しぶりに聞いた正論だ。
「俺の相棒はどうした?」
 女の表情が沈んだものとなる。
「お前と一緒に倒れていた男は、死んでいたよ。胸に矢が刺さっていた。埋葬したかったが、お前達を襲撃した連中の仲間が出て来たのでな。お前を連れて逃げるのが精いっぱいだった」
 すまんと呟く女に、男は力なく首を横に振る。
「俺達を襲った連中はどうなった?」
「お前達に矢を射た二人は、私が倒した。背と胸に矢を突き立てておいた」
「そいつはいい。奴らが地獄へ行ったと思うと、少しは気が晴れる」
 男は、顔を歪めて笑う。
「いいや、奴らに突き立てた矢は魔界銀製だ。死にはしない」
 魔界銀は、魔物達の間で使われる武器の材料だ。衝撃は与えるが、命を奪う事は無い。
「殺せばいいものを。そうすれば相棒は浮かばれるし、俺の気も済む」
 男は吐き捨てる。
「私は殺しが嫌いなんでね」
 女は静かに答える。
「自己紹介が遅れたな。私の名はエウニケ、旅をしている者だ」
「俺の名はデニス。俺も旅をしている者だ」
 火に照らされながら、二人は名乗りあった。

 デニスは、相棒と商売をやっていた。商売が上手く行き金を手に入れる事が出来て、その金を手に旅に出る事にした。住んでいた西の地を捨てて、東へと旅をする事にしたのだ。この旅のために大型の黒馬を買い、銀で派手に装飾した。自分達も黒色や紫色の服を着て、金銀で自分の体を飾った。
 自由を求めて気ままな旅をするつもりだったが、上手く行かなかった。派手な格好をしたよそ者であるデニス達を、行く先々の人々が敵視した。憎悪の眼差しを突付けられ、侮蔑の言葉を叩き付けられるのはまだマシだ。わけのわからない法で捕えられたり、地元住民に夜襲を掛けられたりした。
 その挙句、相棒は殺されてデニスは重傷を負ったのだ。

 エウニケは、狩人をやっていた。ケンタウロスとして優れた弓の腕を持っており、優秀な狩人だ。
 だがエウニケは、生まれた時から魔物だという事で差別を受けていた。エウニケやデニスの住む国は、「自由の国」を自称する中立国だが実際には差別が荒れ狂っている。魔物達は、職業、生活の場で様々な迫害を受けている。エウニケは、そんなこの国に愛想を尽かして魔王領へ旅をする事にした。魔王領ならば、少しはマシな生活が出来ると思ったからだ。狩人として金を稼ぐ事が出来た為、旅の費用は造れた。
 エウニケも、行く先々で敵意と憎悪を叩き付けられた。魔物の中でもケンタウロスは目立つ存在だからだ。襲撃された挙句、凌辱されそうになった事もある。襲撃者を掻い潜りながらここまで来ると、デニス達が襲われていたのだ。

「デニスには目的地は無いのか?」
「今のところは無いな」
「では、私と魔王領に行くつもりは無いか?ここよりはマシだと思うぞ」
「魔王領か…」
 デニスは考え込む。確かに、このままこの国を旅してもろくな事は無い。それよりも、この国の価値観と根底から違う所へ行くのは面白いかもしれない。もしかしたら、魔物の国は「葉っぱ」をきめるよりも楽しいかもしれない。
「魔王領に行くのは楽しい事かもしれないな。ただ、馬を殺されちまった。馬を手に入
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