妻殺し王の再婚

「余は、妻を娶ることにする」
 王の言葉に、アイザックは溜息を辛うじてこらえた。これで何度目の結婚だろうか?王は、妻のうちの二人は死刑にしている。王の漁色は、繰り返し混乱をもたらしてきたのだ。アイザックは、いい加減にしてくれと叫びたかった。
 もちろん王に怒鳴る事など出来ない。それどころか、不満の表情を浮かべただけで命取りだ。アイザックは、真面目腐った無表情を保つしかなかった。
 王は、面白がるような表情でアイザックを見ている。
「お前達は、余が選んだ花嫁に驚くであろうな」
 頼むから驚かせないでくれと喚きたかったが、アイザックは無表情を保ち続けた。
「陛下のお考えは、私ごときには推察出来ません」
 アイザックは、無難な言葉を選びながら王の再婚相手について考えた。外国の王族は、王との婚姻を拒否するだろう。離婚と再婚を繰り返した挙句、妻殺しをやるような男に嫁がせるわけがない。外国の貴族の娘だったら、犠牲の羊として差し出す国もあるかもしれない。そうだとしても、娶った外国の貴族を離婚したり殺したりすれば国際問題になる。
 国内の貴族の娘を娶るのだろうか?そうだとすれば、政治の混乱に拍車が掛かるだろう。殺しなどすれば反乱がおこるかもしれない。アイザックには、王の再婚はろくな結果にならないとしか考えられなかった。
 王の答えは、アイザックの予想をはるかに超えた。
「余は、魔王の娘リリムを娶るつもりだ」
 アイザックは最早無表情を保つ事が出来ず、首を締められた様な呻き声を上げる。最悪の答えとしか言いようがない。
「泣いていても始まらないぞ。お前には、婚礼の準備をやってもらわねばならない。余を失望させるなよ、アイザック」
 王の言葉で、アイザックの中にわずかに残っていた王に対する義務感は砕け散った。

 驚いた事に、魔王側は王の婚姻の申し入れを受け入れた。魔王が断ることを期待していたアイザックにとっては、悪夢のような結果だ。
 これで大陸中の反魔物国を敵に回す。すでに敵にまわっている主神教団は、アイザックの国を亡ぼすことに執念を燃やすだろう。あるいは魔王に国を乗っ取られるかもしれない。王に反発した貴族達が反乱を起こすかもしれない。
 困難を極めると思われた魔王側との折衝は、予想以上に円滑に進んだ。魔物達は愛想が良く、段取り良く事を進めた。事前に用意していたのが明らかな手際の良さだ。水面下で魔王側も王側も準備を進めていたのだと分かる。アイザックが知らなかっただけだ。
 そして、魔王達はこの国をやすやすと乗っ取るわけだ。アイザックは皮肉に考えた。
 婚礼の準備をしながら、アイザックはもう国の行く末を諦めていた。愚王に長年支配され続けているのだ。存在する価値の無い国なのかもしれない。自分も愚王を支え続けてきたのだから、自分の人生も諦めるべきかもしれない。そうアイザックは、諦観と共に思うしかない。
 王に苦言を呈する有能な人々は、王によって死刑になるか投獄された。王の宮廷で残っているのは、王に媚びへつらうしか能の無い者達ばかりだ。わずかにいる有能な者は、佞臣としての能力がある者だ。
 アイザックは、自分が媚びへつらう無能者だと自覚している。王の側近であることに嫌気がさし、王に辞職を願い出たが許されなかった。
 なぜ自分が王の側近として用いられているか、アイザックは分かっている。道化として雇われているのだ。真面目で間抜けなアイザックは、王に取ってからかいがいのある者なのだ。だから王の傍にいる事を強要されている。
 道化は王と共に滅びるべきだな、アイザックは嗤った。

 王国最大の港で、アイザックは王の花嫁の到着を待っていた。すでに魔王の娘であるリリムの乗る黒い巨船が見えている。全体が黒塗りされており、帆も黒く染められている。帆には、魔王を表す紋章が銀色で染められている。どのような技術が用いられているのか、巨船であるにも関わらず異様なほど速く進んでいた。アイザックの国でもガレー船から帆船への切り替えが行われていたが、これほどまでに優れた帆船は持っていない。アイザック達は、力の差を見せ付けられていた。
 船が港に係留されると、魔物達が静々と降りて来た。魔物達は皆美しかったが、その中でひときわ目を引く美女がいる。白銀の髪をそよがせ、真紅の目を持った美女だ。均整の取れた体に銀糸で縫い取られた黒色のドレスをまとい、しなやかな首や腕に金剛石をはめ込んだ白銀の装身具を身に着けている。だが、豪奢な衣装もその美貌の前には霞む。完全に近いほど整った顔でありながら冷たさは感じず、温かみと官能を感じさせる絶妙な美貌だ。誰の目にも彼女が魔王の息女だと分かった。
 この場の王側の代表である大法官がリリムに挨拶をする。リリムの受け答えは優雅であり、この婚姻に反対の者達ですら感心さ
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