暗い森の中の道を一台の馬車が進んでいた。馬車は、黒馬に引かれ黒地に金で装飾された豪奢な馬車だ。暗鬱さを漂わせる馬車は、森の闇の中から出て来た様に見える。
馬車には一人の男が乗っていた。長身で骨太な堂々たる体躯の男であり、黒絹に金糸を縫い込んだ服を着ている。紅玉をはめ込んだ金の装身具で身を飾っており、男の富を誇示している。男は、黒色のビロードに覆われた馬車の中で陰鬱な表情で座っていた。
馬車は、馬のいななきと共に止まった。馬車の中の男は、怪訝そうに御者に問う。御者は、馬の前に少女が出て来た事を無機的に答える。男は、訝しげに馬車の外を見た。
少女は、馬車の前に静かに立っている。金色の髪と青い瞳が特徴的な、どこか少年を思わせる少女だ。村娘の着るような質素な服を着ながらも、存在感のある少女だ。
男は、驚愕を露わにした表情で少女を見つめる。死んだはずだという言葉が、男の口から洩れる。そのまま無言の対峙が続けられた。
男は、ようやく従者に少女を馬車の中に引き入れよと命ずる。少女は、逆らわずに馬車の中に乗る。馬車は、何事もなかったように進み始めた。
男は、自分の前に座る少女を暗い情熱のこもった目で見つめ続けた。
男と少女は、男の物である広壮な城へとたどり着いた。男は馬車から降りると、少女にも降りるように命じた。男の態度は傲然としていながらも、どこか少女に遠慮する所がある。
男の城の所々には、魔物の石像が置いてあった。蛇の魔物ラミア、蜘蛛の魔物アラクネ、鳥の羽を持つハーピー、蠅の王ベルゼブブ、そして大悪魔として知られるバフォメットの石像が置いてある。男のいる国は反魔物国であり、魔物の石像を置く事など本来ならばありえない。
二人は、広く豪奢な一室の中へ入った。壁は、金糸で縫い取られた緞帳や絹織物のタペストリーが掛けられ、金で縁取りされた鏡が置かれている。部屋の各所には、金銀の燭台が置かれている。床の所々に毛皮が敷かれ、置かれている椅子はビロード張りだ。
だが、この室内で目を見張るものは豪華さではないだろう。部屋の中に置かれたおびただしい数の蝋人形が、入室者の目を奪う。人形達は絹や毛皮の服をまとい、紅玉や青玉、金剛石を埋め込んだ金銀の装身具を身に着けている。顔は精巧に作られており、注意して見ないと本物の人間と勘違いするだろう。
男は皮肉っぽい目で少女を見るが、少女のほうは特に驚いた様子もなく部屋を見渡している。男はやや不審そうな目で少女を見ると、何も言わずに部屋の奥へと進む。金の燭台の置かれた大理石の台の前に行き、傍らにあるビロード張りの椅子の一つに座る。少女にも台の前の椅子に座るよう命じた。
少し待つと、従者の格好をした少年と少女達が食事を運んで来た。料理は肉が主体であり、豚、孔雀、白鳥などの肉がサフラン、黒胡椒、肉桂で調理されている。兎を煮込んだシチューにも香料が用いられている。鱒や八目鰻などの魚料理も出され、サラダは蒲公英と葵で作られた物だ。それらの料理は金銀の食器に盛られている。男の富と奇癖を誇示する食事だった。
男は薔薇の花びらを浮かべた水差しで手を洗い、少女にも手を洗わせる。男は、少女に食事を取るように命じた。食卓には銀のフォークが置いてあり、フォークは貴族の食卓には並ぶが庶民の食卓では使われない。
「手づかみで食べてもよいぞ。古代の皇帝や貴族は手づかみで食べたそうだ」
男は楽しげに言って、黒胡椒で味付けされた豚の乳房を自ら手づかみで食べて見せる。
少女は、ややぎこちないがフォークとナイフを使って食事を取る。男は、少女の手付きを面白そうに眺めながら自分は手づかみで食べ続けた。
二人が食事を続けていると、少年と少女がそれぞれ二十人ずつ入ってきた。彼らは、白地に金糸で聖具の形の文様を縫い取った服を着ている。少年少女は整列すると、男の方を無言で見つめ続ける。男が合図をすると、子ども特有の澄んだ高音で歌い始めた。
彼らが歌っているのは、神の使いとして戦う少女戦士の物語だ。神の声を聴き、祖国を救うために侵略者と戦う少女の聖戦を歌った物だ。男は、肉桂糖と巴旦杏と麝香を入れた酒を飲みながら、聖少女の歌を聴いていた。
少女は、兎肉のシチューを食べながら男と聖歌隊を見つめていた。
食事と聖歌隊の歌が終わると、男は人払いをさせて少女と向き合った。
「お前について聞きたいことがある。隠し立てせずに話せ」
男は、高圧的に少女の尋問を始めた。男は、傲然としていながらどこか戸惑う様子がある。
少女は素直に尋問に答えた。少女の名はリュネットと言い、森の近くにある農家の娘だ。薬草を取りに森の中に入ったところ、男に囚われたそうだ。
男は、苦笑しながら聞いている。この少女の言うことは本当の事だろう。ただの村娘に過ぎない。
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