僕とオーガのお姉さん

 僕には、会いたい人がいる。
 いや、正確に言うと人ではないかもしれない。
 だけど、そんなことはどうでもいい。
 僕は、あのお姉さんに会いたい。
 僕は、早足で丘を登っている。走り出しそうだ。でも我慢している。お姉さんに会うのに、汗臭くなりたくはない。
 丘の上には、黄色い屋根の白い家が建っていた。白い木のさくが家を囲んでいた。庭には、オレンジ色や黄色やピンク色の花が植えてあった。
 僕は家の前で止まった。半ズボンのポケットから、ハンカチを出した。結局汗をかいてしまった。急いで汗を拭かなきゃならない。
 何とか汗を拭くと、門を通って庭に入った。玄関のまえに立つと、深呼吸をした。そして呼び鈴を押した。
 すぐに中からばたばたと駆けてくる音がした。
 「はーい、今あけますからね〜」
 まのびした声が聞こえてきた。お姉さんの声だ。
 扉が開き、お姉さんの大きな体が出てきた。
 僕は見上げなくてはいけなかった。2メートル以上あるだろう。
 お姉さんは銀色の髪を広げていた。フリルのついた白と水色のワンピースに良くあっていた。
 お姉さんは、緑色の顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
 「勇太君だ〜。いらっしゃ〜い。まってたよ〜」
 僕の大好きなオーガのお姉さんは、笑いながら言った。

 お姉さんは、リビングに通してくれた。そこで僕とお茶会をやるのだ。
 フローリングの上には、クリーム色のカーペットが敷いていた。黄色の壁紙には、白いレース編みがいくつもかかっていた。レースのカーテンのかかった窓からは、庭のお花畑が見えた。テーブルの上には、ピンク色と水色の花の入った花びんがおいてあった。
 お姉さんは、お茶とお菓子を持ってきてくれた。
 クリーム色のティーカップに、甘い香りのお茶がそそがれた。
 「勇太君の好きなアプリコットティーだよ〜」
 お姉さんは口元をゆるめて笑った。
 お姉さんは、ケーキを切り分けてくれた。オレンジやキウイやりんごがたっぷり乗ったケーキだ。お姉さんが作ってくれたケーキだ。
 いただきまーすといって、僕はケーキにかぶりついた。あんまりみっともない食べ方はしたくない。でも、お姉さんが作ってくれたケーキだ。我慢できない。
 お姉さんは、にぱーと笑いながら僕を見ていた。

 僕とお姉さんがはじめて会ったのは、市立公園のイベント広場だ。
 市が町おこしのため作ったゆるキャラのお披露目が行われていたんだ。
 お姉さんは、最前列で小さな子供たちといた。
 豚と猫が混ざったようなゆるキャラの着ぐるみを着た人が、舞台の上でおどっていた。お姉さんは、うっとりした顔で見ていた。
 舞台を降りて子供たちのところへ来たゆるキャラに、お姉さんは真っ先に駆けよった。そして手を握り、ぶんぶん振り回した。まわりの子供たちは、ぽかーんとした顔で見ていた。
 僕は、そんなお姉さんから目を離せなくなった。
 お姉さんを追っかけていた。
 イベント会場をあちこちに動くお姉さんを、後からつけていた。
 ストーカー呼ばわりされるようなことをしていた。
 そしてお姉さんに気づかれてしまった。
 「何か用があるのかな〜」
 お姉さんは笑いながら言った。
 僕は頭が真っ白になった。頭がバカになってしまった。そしてわけのわからないまま言ってしまった。
 「ぶたねこの手を振り回しているお姉さんが面白かった」
 お姉さんは、ぽかーんと口をあけて僕を見ていた。
 そしてにぱーと笑った。

 それからお姉さんと会うようになった。
 場所はイベント会場、そしてお姉さんの家だ。
 お姉さんと僕は、いろいろな話をした。
 ゆるキャラのこと、読んだ本のこと、お菓子のこと、お茶のこと、花のこと、服のこと。
 そしてお姉さんのいた世界のこと。
 お姉さんは、別の世界から来た人だった。
 いや、人じゃなくて魔物だった。
 お姉さんは、オーガという魔物だった。
 僕は、オーガについてわからなかった。どうやら鬼みたいな魔物らしかった。
 でも、お姉さんを見ると鬼には見えなかった。
 確かにお姉さんは大きい。体は緑色だ。頭には角が生えている。
 でも、お姉さんはいつも笑っている。にぱーと、にへらーと笑っている。
 お茶とお菓子が好きで、花が好きで、本が好きで、ぶたねこの手をぶんぶん振り回す。
 そんな鬼がいるのだろうか?
 魔物のことを悪く言う人はたくさんいる。お母さんも悪く言う。
 僕は、お母さんが魔物のことをののしった汚い言葉を思い出したくない。あんな人をお母さんだと思いたくない。
 だから、お姉さんと会っていることは、お母さんには言っていない。言えばわめき散らしながら僕をなぐるだろう。そしてお姉さんと会わせなくするだろう。
 僕には、お姉さん以外に仲のいい人はいない。
 お母さんはギャーギャーうる
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