伝説の時代の終わり

 男は、暗い森を走り回っていた。追っ手がすぐ後ろに迫っている。既に息は切れ、胸と足に激しい痛みが走っている。
 森は鬱蒼としており、日がさす場所が少ない。ドラゴンが住むと言われる森にふさわしい暗さだ。男も、こんな森になど入り込みたくは無い。だが、追っ手から逃げるために仕方が無く入り込んだのだ。
 目の前に洞窟が見えてきた。ここに隠れようかと思ったが、即座に否定する。追っ手は、獲物が洞窟に隠れていると考えるだろう。別の所に逃げようとするが、追っ手に既に回りこまれている。仕方が無く男は洞窟に入る。隠れ潜む事は無理だが、洞窟の陰に隠れて追っ手に襲い掛かるつもりだ。
 洞窟の中は暗く、中は良く見えない。必死になって目を慣らそうとし、待ち伏せするのにふさわしい場所を探す。奥を見ると、黒い影が立ち現れている。影には二つの金の光がある。
 男は立ち止まり、影を凝視する。影は膨れ上がり、金の光が男を見下ろす。圧倒的な存在感が、男に叩きつけられる。闇に慣れてきた男の目に、巨大な生物の姿が見えてくる。絵画などで描かれているドラゴンの姿だ。
 男は恐怖で錯乱し、自分が何をしているのか分からなくなる。男は持っていた剣を振りかざし、喚き声を上げながらドラゴンに襲い掛かる。
 ドラゴンは無造作に前足をふり、男を洞窟の壁に叩きつける。男は呻き声と共に地に倒れ、そのまま動かなくなった。
 洞窟の入り口から、複数の足音が聞こえてきた。男達が洞窟の中になだれ込んでくる。ドラゴンが一瞥すると、男達はそろって硬直した。ドラゴンは、男達の足元に炎を吹きかける。男達は弾き飛ばされ、床や壁、洞窟の外に叩きつけられる。男達は、転げまわりながら自分の服に付いた火を叩き落そうとする。
 男達が悲鳴を上げながら逃げて行くのを見届けると、ドラゴンは床に伸びている最初の男を見下ろした。

 男は、呻き声を上げながら目を覚ました。男は頭を振り、辺りを見回す。場所は洞窟の中であり、すぐ目の前でドラゴンが男を見下ろしている。巨大な黒い影が圧し掛かるように迫り、目から強い光を放っている。ふらついた頭でも、逃げ出せそうに無い事は分かる。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
 ドラゴンは、低音で男を詰問する。
 男はひときわ高いうめき声を上げると、続いてため息を付く。男は観念したように、ドラゴンの詰問に対して答え始めた。

 男の名はジョージと言い、騎士の称号を持つ。騎士とは言えども名ばかりで、実際の所はろくな職に有りつけていない。
 ジョージは森から少し離れた所にある町で職探しをしていたが、その町で騎士を時代遅れの者として嘲り笑う劇を見てしまう。激怒したジョージは舞台に駆け上がり、役者達を剣でぶった切った。
 役人から追われる身となったジョージは、逃げ回るうちにこの森へ入り込んだ。ドラゴンが住むという言い伝えは知っていたが、所詮は言い伝えだと考えて森に入り込んだ。役人に追い詰められてこの洞窟に入り込んだら、本当にドラゴンがいた。ジョージは錯乱して、ドラゴンに切りかかってしまったのだ。

 話を聞いているドラゴンは、呆れたように首を振る。
「馬鹿としか言いようが無いな。そんな事で私の昼寝を邪魔したわけだ」
 ドラゴンは、前足でジョージを小突く。
「悪かったな。ドラゴンが本当にいるとは思わなかったんだ」
 不貞腐れたように言うジョージを、ドラゴンは再び小突く。
「それでお前はどうするつもりだ?役人は取り合えず追い払ったが、お前が追われる身である事は変わらないだろ?」
「お前が見逃してくれるのならば、この際に気に食わない連中をぶった切るつもりさ。落ち目の騎士を笑う奴は多いからな。最後は役人どもと殺し合うさ」
 ジョージは、笑いながら思い出したように言う。
「役者もぶっ殺せばよかった。手加減して、怪我を負わせただけにしてしまった」
 ドラゴンは、少し考え込むように首をかしげる。首を戻すと、ジョージを正面から見据えて言った。
「ならば私が手伝ってやろう。ドラゴンが本当にいると人間どもに思い知らせてやるのも、おもしろい」
「手伝ってくれるのは、ありがたいな。これからよろしく頼むよ」
「ただし条件がある。殺しは止めろ、不愉快だ」
「殺さずに戦う事ができるのか?」
「やり方次第で出来る。ドラゴンにはドラゴンの戦い方がある」
 ドラゴンならば、人を殺すことに喜びを感じるのではないのか?ジョージは少し考え込んだが、顔を上げて答える。
「分かった。殺さずに奴らに思い知らせる事ができるのならば、それで良い」
「よし、それで決まりだ。私の名はアンドリアだ。よろしく頼むぞ」
 アンドリアと名乗るドラゴンは、牙を見せながら笑った。

 二人は、洞窟から出る事にした。本当にドラゴンがいると分かれば、今度は軍がやって来るかもしれ
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