まつろはぬ者達

 男は、木と茂みの間から矢を射かけている。男の前にある山道には、四人の男が矢が刺さった状態で倒れていた。役人の格好をした者が二人、村人の格好をした者が二人だ。男が射抜いた者達だ。
 風を切る音と共に、男の左腕を矢が掠める。破壊力を持った矢は、掠めただけで男の肉を弾けさせる。男は、うめき声と共に弓を落とす。男に矢を射かけたのは、男と同じ様な服を着た村人だ。
 男は、腕の出血部分を素早く布で縛る。再び弓を持とうとするが、手がまともに動かず矢の的を定める事ができない。男は舌打ちと共に矢と弓を捨て、刀を抜く。茂みに潜んで待ち構える。
 標的達は、村人を先頭にして茂みへと迫って来る。役人は、村人の後ろに隠れながら歩いて来る。飼い主達は、犬を先に突き出して後から来ているのだ。
 男は、音を立てぬように茂みを迂回する。迫ってきた村人の横に出る。無言で刀を突き出し、村人の一人の首を突く。村人は濁音交じりの音を上げ、同時に笛を鳴らすような息が漏れる音が響く。鮮血を吹き上げながら、村人は倒れる。
 男がいる茂みに、二本の槍が村人によって突き入れられる。一本は男の左頬を掠り、もう一本は男の右腕を掠める。男の左頬と右腕の肉が弾け、血が飛び散る。男は刀を落とした。
 村人達は悪意を向き出しにした笑みを浮かべ、男へ槍を付き立てようとする。血で汚れた槍が日の光に輝く。
 黄色い影が躍り出て、村人達を弾き飛ばす。虚を突かれた村人達は体制を整えられない。人間離れした素早さと跳躍力を持った者は、村人達の定まらぬ槍を掻い潜り打撃を繰り出す。
 役人達が前へ出ようとするよりも速く、黄色い者は男を抱えて跳ぶ。瞬く間に、男と黄色い影は山の中に消えていった。

「助かった、礼を言う」
 男は、救い主に対して頭を下げた。彼らがいる所は、殺し合いがあった場所から山の奥に入った所にある泉だ。男は、うめき声を上げながら傷口を洗っている。
 男は、中背だが骨太な体付きをしている。年は二十代半ばと言った所だ。戦うにしろ働くにしろ、力が発揮できる年頃だ。
「圧政者に立ち向かう者を助けたかったのでな。君の行為は賞賛に値する」
 救い主の方は人ではない。男と同じぐらいの年に見える女だが、手足は黄と黒の縞の獣毛で覆われており、爪は野獣の鋭さを備えている。頭には猫の様な耳が付き、尻からは猫に似た尻尾が生えている。だが、猫に比べてはるかに力強い体をしている。男よりも背が高く、筋肉の発達した体をしている。男が見たことのない野獣の体を併せ持った魔物の女だ。魔物の女は、洗い終った男の傷に自分の薬を塗ってやる。
「俺の名はモレ。ふもとの村に住んでいた。もう、戻れないがな」
 男は、笑いながら名乗る。モレと名乗った男は、ふもとの村で田畑を耕しながら、熊や猪を狩って暮らしていた。村で収奪を行う役人とその犬に成り下がった村人を憎み、山道で待ち伏せして襲撃したのだ。
「私の名は雪麗。大陸から来た武闘家だ。この国へは修行に来た」
 雪麗は、大陸に住んでいる人虎という魔物娘の一人だ。人虎とは、虎の特徴を備えた魔物娘であり、武術に長けていることで大陸では知られている。雪麗は大陸を旅しながら修行をしていたが、東にある島国に興味を持って渡って来たと話した。
「虎とは始めて聞く獣だ。大陸にはその様な獣がいるのか」
 モレは、しげしげと雪麗を見る。
「見た事が無い者に説明するのは難しいが、人以上に大きくて獰猛な猫の様なものと考えてくれ。あとは、私の手足や耳、尻尾から想像してくれ」
 雪麗は苦笑しながら話していたが、話題を転じる。
「この辺りの支配はひどいな。役人は私腹を肥やし、村人の中には他の村人を虐げて役人のおこぼれを預かろうとしている者がいる」
「その通りだ。だから奴らを屠殺したのさ」
 この地方は、元々は狩猟採集を行う者達の部族が暮らしていた。だが、南から農耕を行う者達が侵略して来た。侵略者達は執念深く、数百年にわたって侵略と支配に情熱を燃やし続けた。その結果、今ではこの地方は侵略者達の支配下にある。既に南の王は力を失い、その使い走りだった者が将軍を名乗って実権を握っている。その権力の交代の間にも、この北の地では侵略と支配が強化され続けた。
 南の侵略者達は、力押し一辺倒ではない。北の部族の一部を支配者の末端に付けて、権力を少しばかり分け与え、収奪した富の一部を投げ与えた。南の侵略者達に犬として取立てられた者達は、嬉々として同じ部族の者を虐げている。
「モレの反抗に私は興味を持った。だから手助けをしたのだ」
「うれしい言葉だ。俺の周りには、犬に成り下がった奴や犬にも逆らえぬ奴らばかりいる。雪麗のように反逆に加担してくれる者などいない」
 モレは笑いかける。
「モレはこれからどうするつもりだ?」
「反逆を続けるつもりだ。
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33