男は、暗い木々の間を走っていた。男の右手には黒ずんだ物が握られている。木の間から微かな月の光がさす。男の握っている物は、血で汚れた鉈だ。男の体の所々が、血で汚れている。明るければ、肉片がついている事も分かるだろう。
男の背後からは、幾つもの松明の灯りが追って来ている。手には竹槍や鉈を持っている。男を嬲り殺しにしようとしているのだ。追って来る男達の声からは、暴力への期待から発情した様子が聞き取れる。
男は笑った。追手が男を追い立てようとしている所は分かっている。この先に魔物が住むと言われる魔の境界がある。そこから先には男は行けないと踏んでいるのだ。だが、魔の境界付近については、男はよく知っている。そこで待ち伏せをするつもりだ。一人か二人は殺せるだろう。
男には後悔は無い。今まで散々虐げられてきたのだ。村の連中を殺す事ができれば、自分は殺されてもよい。どうせ自分には先など無い。だが、ただでは殺されない。まだ殺し足り無い。奴らを待ち伏せして殺してやる。男は低く笑った。
東太は、村の最も下にいる者だ。村でもっとも貧しく、虐げられている。村はずれの痩せて狭い田畑を耕し、辛うじて生きて来た。他の村人からは、雑用や汚れ仕事を強要されている。例えば動物の腐った屍の始末は、東太に押し付けられる。人の屍の始末も押し付けられる事もある。病が流行った時には、後始末をやらせられる。
東太は、村人に尽くすことを強要されていた。お前のような屑はここ以外では生きて行けない、村がお前を生かしてやっているのだ、村へ尽くす事は当然だ。そう、村人達は東太を殴りながら凄んだ。
東太が苦難にあった時に助けてくれる者はいない。嵐で東太の住む掘立て小屋が壊れた時、直す事を手伝う者はいなかった。馬鹿にした顔で眺めた挙句、他の村人の家の壊れた所を直す事を強要した。
生まれた時から、東太はまともに取り扱われた事は無い。東太同様に蔑まれていた父は、東太と母を憂さ晴らしに殴った。母は、東太を殴って憂さ晴らしをした。二人とも東太が十六の時に、流行り病で死んだ。屍は村の外に埋める事を強要された。
東太がこの村で生きても、ろくな先は無い。だが、村から出て生きる術も無い。東太の先には絶望しか無い。
何度目になるか分からない自死を考えた時、村人に復讐する事を決意した。どうせ自分で死ぬのなら、村の奴らを殺して死んだほうがいい。
東太は、鉈を研ぎ始めた。
東太は、夜陰にまぎれて家に火を付けた。大気は乾燥し、強い風が吹いている。火を付けるには丁度いい日だ。懐から藁と火打石を取り出す。
火を付けたのは、東太を虐げてきた男の家だ。その男は、常に村の強い物に付き従い、弱い物を虐げていた。犬として生きて来た男であり、村の最底辺にいる東太を執拗に虐げて喜んでいた。他の村人に殴られて倒れている東太の股間を繰り返し蹴り上げるのが趣味の男だ。
火の付いた藁を木で出来た家の壁に付け、物陰に隠れて鉈を握り締めてじっと待つ。火が燃え広がると、燻りだされて来た男とその妻が現れる。火を消そうとする男を背後から近寄り、首に鉈を振り下ろす。男の首からは鮮血が吹き上がり、東太の体に降りかかる。
再び物陰に隠れ、物音に気付いた男の妻が現れるのを待つ。妻が血で染まった男に気が付き、悲鳴を上げる直前に背後から頭に鉈を振り下ろす。東太は、倒れた男女に繰り返し鉈を振り下ろし、血と肉片を浴びていく。
東太は、男からだけでなくその妻からも虐げられて来た。男の妻は噂好きで、東太の事を繰り返し悪意をこめて噂を流した。その為に東太は、何度も村の男に叩きのめされた。東太は、男と妻に繰り返し鉈を振り下ろし、血と肉を弾けさせる。
二人を血と肉の塊に変えると、東太は次の標的へと向かう。標的の家に着くと、前と同じようにして家に火をつける。その家に住むのは父と息子の親子だ。息子のほうは、東太に汚れ仕事を押し付ける事を繰り返し村人の集まりで言い出した。父親が息子をそそのかしていた事を、東太は知っている。二人は、蛆の湧いた馬の屍を片づける東太を塵を見る目で見ていた。
息子は家から飛び出して来て、火を消し始める。東太は、背後から近づき鉈を首に叩き込む。血を吹き上がらせて、息子は倒れる。東太は、父の方の様子を伺うがこちらに来る様子は無い。
離れた所から喚き声が上がる。血まみれで倒れている男の父が、家の向こう側で逃げながら喚いていた。父の方は状況を不審に思い、息子に火を消しに行かせて様子を見ていたのだろう。東太の名を喚きながら、父は走り去っていく。
東太が殺戮をやっている事がばれた。まだ二人しか殺していない。東太は歯軋りを抑えられない。目の前で悶えながら呻いている男に、繰り返し鉈を振り下ろす。
東太は逃げ出す。まだ三人しか殺し
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