騎士の時代の終わりに

 辺りには麦畑が広がっていた。麦畑の中に村落がある。麦畑の上には鳥が鳴きながら飛んでいる。麦畑の中を通っている道を、黒馬に乗った騎士とその従者が歩いていた。
「クレメル、気を抜くな。我々は見回りをしているのだぞ」
 騎士は、やや高めの声で従者を叱責した。騎士は女だ。それに対して従者の方は、気のなさそうな態度だ。
「分かってますよ、アデル様」
 従者の男は、分かっているとは思えない調子で答える。
「敵が迫っているかもしれないのだぞ。そんな態度で国を守れるか!」
 騎士の怒声に、従者は気の抜けた声ですみませんと答える。
 騎士の言うとおり、のどかな光景とは裏腹に彼らの国には敵が迫っていた。隣国が、彼らの国を侵略しようとしていた。

 アデル達が城の前の広場に戻ると、兵士達が訓練をしていた。槍を前に突き出している。兵士達はどこかぎこちない。
 アデルはため息をついた。
「やはり、農民達を兵士にするのは無理なんだ。彼らは、戦いに向かない」
 アデルの否定的な評価に、クレメルは反論した。
「訓練がまだ足りないからですよ。もう少し訓練をつめば使えるようになります。こいつらの士気は高いですからね」
「士気が高ければいいというものではない。向いていないのでは話にならない」
 アデルははき捨てるように答えた。
 それに対して、クレメルは余裕を持って反論する。
「そりゃあ、騎士様達ほどの能力はありませんや。ですが、傭兵相手ならこれでいいんですよ」
 隣国は、傭兵を戦いの主力としている。傭兵に対する備えが必要な状況だ。
「農民は、作物を作ることが仕事だ。戦いに駆り出すのは間違っている」
 アデルは、苛立たしげに言い放つ。
 クレメルは、アデルを慮る様に見上げる。
「アデル様もご存知のとおり、騎士だけでは国を守れません。傭兵を雇うか、他の手を打たなくてはなりません」
 分かってると、アデルはそっぽを向いて答える。
 そんなアデルの態度に、クレメルは小さくため息をついた。
 すでに戦争の主役は、騎士から傭兵へと移り変わっていた。時代は転換期を迎えていた。諸侯や騎士は没落していき、王の権力が強まり傭兵が羽振りを利かせていた。もはや騎士道は過去のものとなりつつある。戦場では、傭兵達の手段を選ばぬ戦い方が新しい流儀となっていた。
 クレメルは元傭兵であり、いくつもの戦場を経験している。彼は、騎士も騎士道も過去の遺物である事を分かっている。
 そしてアデル達の国も、その事を思い知っていた。
 五年前、アデル達の国は東の隣国と戦争になった。両国は、国境沿いで大規模な戦闘を行った。アデル達の国は二万、隣国は三万の兵を出していた。アデル達の国は兵の数は劣るが、親魔物国であるため魔物の兵が大勢いた。それに対して隣国は反魔物国であり、人間の兵士しかいない。普通ならば、アデル達の国が勝つはずだ。それが敗れた。
 アデル達の国の軍は、騎士主体だ。人間の騎士、首なし騎士デュラハン、ケンタウロスの騎士達が中核を担っている。それに対して隣国は、傭兵を主体にしていた。アデル達の騎士道に従った戦い方は、傭兵達の手段を選ばない戦い方に打ち破られた。
 アデル達の国は、国境付近の領土を取られた上に賠償金を払わされた。隣国は味をしめて、また侵略して来ようとしている。
 アデル達の国は、この危機に農民主体の国軍を創る事で乗り越えようとしていた。国内で最大の人口を占める農民を訓練し、軍隊を創設しようと言うのだ。農民軍の創設を導入することになった理由は、傭兵制の欠点を克服するからだ。
 傭兵制の欠点の一つは、金がかかり過ぎる事である。傭兵達は、自分達の力を背景に雇い主からなるべく金をむしり取ろうとする。大規模な傭兵団となると、国の財政を傾けるくらいの金を要求してくる。
 そして金がかかる割には、傭兵達は大して働かない。傭兵は体が資本だ。命が第一、金が第二だ。雇い主のために命がけで戦う事はあまりない。敵に雇われた傭兵と裏で手を組み、じゃれあいの様な戦いをする事もある。
 おまけに傭兵は統制しにくい。すぐに虐殺、強姦、略奪を始める。統制しようとして傭兵に殺された将軍もいる。
 結局のところ、傭兵達は「戦争の犬」にすぎない。
 農民による国軍は、これらの欠点を克服していた。農民軍は、平時は農耕をする。農閑期など、農耕の合間を見て軍事訓練を受ける。非常時には軍隊の一員として働く。自活することで生産に貢献できるから、傭兵に比べれば金のかからない軍隊である。
 そして士気の高い軍隊だ。戦争で最も被害をこうむるのは農民だ。農民達は、侵略者に対して逃げるよりは戦うことを望んでいる。農民達を軍として組織すると、傭兵に比べると格段に戦意の高い軍隊ができる。
 また、国や地域に所属している為、統制しやすい。このように
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