酒池肉林

 バスの中は、陰鬱な空気が漂っていた。当然の事だ。このバスに乗っているのは、失業者が大半だ。
 泰成も、失業者のうちの1人だ。雇用保険が切れ掛かっていたところ、短期の仕事があることを就職サイトで知って応募した。これから向かう施設で雑用をする事になる。日給1万円で7日間働く。宿泊施設はあり、食事つきだそうだ。きちんとした職に就きたいが、面接に8社も落ちていた。とりあえず短期の仕事でもやって、金を稼がなくてはならない。
 どの道、泰成はもう何も期待していなかった。金が無くなったら、自殺するか餓死するかだろう。例え就職できたとしても、ろくな職には就けないだろう。これまでもろくな職には就けなかった。今回の短期の仕事をやる事にしたのは、もうどうでもいいと思ったからだ。
 バスは、森の中を通る道路を走っていた。リゾート地にある施設で働くのだそうだ。貧乏人の泰成にとって、リゾート施設で遊んだ事などなかった。これからも無いだろう。
 くだらねえ、泰成は声に出さずつぶやいた。

 森を抜けるとリゾート地が広がっていた。イギリス風の建築様式の別荘が建ち並んでいた。どうやらイギリスのリゾート地を意識しているらしい。離れた所には、ビクトリア様式で建てられたホテルが見えた。
 1軒の別荘を見たとき、泰成は笑ってしまった。その別荘はコロニアル様式だった。イギリス人が植民地で住む建物に使った様式だ。アジアの人間にとっては屈辱的な様式だ。別荘の前でくつろいでいる男は、まぎれも無く日本人だ。金持ちだと馬鹿でも楽に暮らせるらしい。泰成は、人前であるのにもかかわらず笑った。
 バスの進行方向にある建物が見えて来た時、泰成は笑うどころではなくなった。大きくて目立つ建物だ。目立つのは、大きさのためだけではなかった。その建物の建築様式は、判明しなかった。西洋の建築様式、中国の建築様式、そして日本の建築様式が混ざっていた。ある部分が西洋式、別の部分が日本式などと言った生易しいものではない。3つの様式が、同じ部分で混ざり合っているのだ。きちんと見れば、3つどころではない様式が混ざっているのかもしれない。泰成は唖然とした。
 建物の前につき、泰成はバスから降りた。見れば見るほど奇怪な建物だ。このような物を建てる建築技術などあるのだろうかと、泰成は首を振った。一緒に降りた男達も、呆れたように建物を見ている。泰成は周りの者達を見て、いまさらながら男しかいないことに気づいた。肉体労働をやらせられるのだから、男しかいないのだろう。泰成は、大して気に留めなかった。
 1人の男が、泰成達の所へ歩いて来た。シックなデザインの黒のスーツを着た男だ。映画に出てくる執事のような格好だ。
 「皆様、ようこそお越しくださいました。私は、皆様の監督をする事になる吉備と申します」
 男は優雅に一礼した。泰成達は、吉備と名乗った男に従って建物に入った。建物の中も、複数の建築様式と調度が混ざり合っていた。竜の彫刻をされた赤い柱の間の空間を、ステンドグラスから漏れる光が照らしている。部屋との境界には障子のはまった出入り口がある。ユニコーンの石像の近くには、景徳鎮の壷が置かれている。理解不能な組み合わせだ。
 泰成達は、1つの部屋に誘導された。幾つもの籠が置かれていた。戸の向こうに、別の部屋があるらしい。吉備は、右手で籠を示した。
 「皆様、シャワーを浴びてください。お召し物は籠に置いてください。クリーニングいたします。着替えは用意しております」
 泰成はいぶかしんだ。俺達は、これから荷物運びや掃除をするのではないのか?なぜシャワーを浴びなければならないのだ?首をかしげながらシャワーを浴びた。1つのことに思い当たって苦笑した。この建物の主は、俺達を不潔な物だと思っているのだろう。建物をうろつかれる前に、消毒しようと言うのだろう。
 シャワーから出ると、用意されていたバスタオルで体を拭いた。バスタオルと一緒に用意してある服を見て、泰成は再び首をかしげた。中国の歴史映画に出てくるような服だ。漢服と言ったかなと、泰成は記憶を探った。手にとって見たが、着方が分からなかった。更衣室に、4人の漢服を着た男が入って来た。その男達は、シャワーから出た男達に服の着方を教えていった。泰成は指導の下、何とか漢服を着た。裾が長く、青色の生地で出来た服だ。妙なコスプレをさせられたなと、泰成は内心笑った。
 吉備に誘導されて、更衣室から出て廊下を歩いた。鴬張りの廊下を、執事姿の男に導かれた漢服を着た男達が歩いている。シュールな光景だった。吉備の指示に従って、泰成達は明るい屋外へ出た。

 そこは中庭だった。建物に囲まれているにもかかわらず、広々とした空間だ。建物同様に、異様な方式で作られた庭だ。幾何学的な西洋庭園の中に、満開の桜が咲いてい
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