海岸には人が大勢いた。海に入って泳ぐ人、波打ち際で談笑する人、砂浜で日光浴をする人などだ。天気は良く、海の青と砂浜の白の対照がまぶしい。
砂浜に1人の若い女が立っていた。可愛らしい顔立ちをしており、その顔に似合った可愛らしい水着を着ている。だが、胸が大きい。その女に2人の軽そうな男が話しかけた。
「ねえ、君は1人なのかな?良かったら一緒に泳がない?」
女は眉をひそめると、穏やかだがはっきりとした調子で言う。
「すみません、人を待っていますから」
「それじゃあ、その人が来るまで一緒に話をしようよ。ただ待っているのは退屈だからね」
女は、誘い続ける男たちに対して不快そうな表情を露わにする。
「1人で待っていたいんです」
女がはっきりと言い放つと、男たちは苦笑する。
「邪魔だったみたいだね、ごめんね」
そう言うと、男たちは女から離れていった。
「あ〜あ、また失敗かよ」
「まあ、そんなものさ。めげないで次の女に声をかければいいさ」
ぼやく穂波に対して、柴崎は笑いながら答えた。
「そうは言っても、今日だけで8人も失敗してる。へこむわ」
「だったら、あと8人に声をかければいいさ。へこんでいたって女はつかまらないさ」
2人は砂浜を歩いていた。この海水浴場には大勢の女がいるが、彼らにつかまる女はまだいない。魅力的な体を露わにした女たちが、彼らの視界に繰り返し入る。
「ほら、見ろ。あの女は彼氏持ちだったようだ」
穂波に言われて、柴崎は振り返った。先ほどナンパした女のそばに男がいた。黒髪に白い肌の若い男だ。顔立ちは悪くないが、海岸よりも室内が似合いそうな男だ。その男に対して、先ほどの女は別人のようににこやかな顔で話している。
「俺たちは、ヒロインにナンパしてあしらわれるモブキャラじゃねえか」
「そうかもしれないな」
柴崎は苦笑するしかない。確かに、今の彼らを見ればナンパするモブキャラだ。漫画だったらずいぶんと情けないキャラだ。ただ、だからと言ってめげていたら、ナンパなど出来ないし女をつかまえることは出来ない。柴崎は、口元に不敵な笑みを浮かべる。
2人とも顔立ちは整っているし、引き締まった体をしていた。軽そうな格好をしているが、彼らにはその恰好が似合っている。人によっては、彼らは魅力的に映るだろう。そう見えるように、2人とも努力してきた。
特に、柴崎は努力家だ。たとえ、それがナンパのためであろうとも。
柴崎弘樹は、ナンパに情熱を燃やしていた。女と仲良くなってセックスしたいからだ。彼は、それが悪いことだとは考えていない。生物である以上、雄が雌をつかまえるのは当然のことだからだ。
生物は、交尾する相手を手に入れるために様々なことをやる。吠えることもあれば、踊ることもある。人間の場合はナンパが求愛行動だと、柴崎は見なしているのだ。
人間を他の生物よりも上に見なし、男が女を追いかけ回すことをバカにする者がいる。柴崎に言わせれば、そんな連中のほうがバカだ。他の生物よりも上のはずの人間は、何千万人という死者が出るような戦争をしている。他の生物がそんなバカなことをするだろうか?
柴崎にしてみれば、下らない戦争をする人間よりも雌相手に腰をふる牡犬の方が立派だ。彼は牡犬を見習っている。
柴崎は、モテやナンパに関する本を読み漁った。情報も無いのに行動を移すわけにはいかない。怪しげな本ばかりだが、それでも情報を得られるかもしれないと読み漁った。
そして1冊の本に突き当たった。それは、アメリカ人の書いたモテに関する本だ。その内容をかいつまむと、次のようになる。
「手当たり次第に女を口説け!朝も口説け!昼も口説け!夜も口説け!そうすりゃ、1人くらいは女が引っかかるだろう。HAHAHAHAHAHA!」
柴崎は、最初に読んだ時には呆れた。だが、考えてみれば一理ある。行動を起こさなければ話にならない。そして、試行錯誤して行動することによって得られるものはある。どんな場所を選べば良いのか、どんなファッションを身に付ければ良いのか、どんな話し方をすれば良いのか、どんな振る舞いをすれば良いのか、自分に足りないものは何か分かってくる。分からなくとも、何を調べれば良いのか分かってくるのだ。
アメリカはプラグマティズムの国だ。つまり実利主義、実用主義の国であり、技術を重視する。そして、その技術は行動することによって手に入れることが出来る。手に入れた技術は実行に移す。その実行により別の技術を手に入れ、その技術をまた実行に移す。それをくり返していくのだ。このプラグマティズムの考えに、柴崎は納得した。彼は、ウィリアム・ジェイムズの「プラグマティズム」を愛読するようにさえなった。
まあ、ナンパする男の中でウィリアム・ジェイムズを読む者はほとんどいないだろ
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