男は、荒れた道を歩いていた。荒々しい風貌の男だ。背は高く、肩幅は広い。全身に筋肉がついていた。岩を削ったような顔は、険しい表情を浮かべていた。髪は乱れ、無精ひげを生やしている。良くて開拓農民、下手をすると山賊と思われるような風貌の男だ。着ている服で山賊ではなく、神父だとかろうじてわかる。
男は足を止めた。背負っているいる荷物から、皮袋を取り出した。皮袋を口に当て、中身を飲み出した。口の端から赤紫の液体がこぼれている。皮袋の中身は葡萄酒だ。男は皮袋から口を離すと大きく息をつき、辺りを見回した。険しい山々と鬱蒼とした森が広がっている。
後を振り返ると、少し離れた所に1人の大柄な女が歩いていた。女にもかかわらず、男と同じくらいの背丈をしていた。筋肉質で、見るからに頑健そうな女だ。大きな荷物を背負っているにもかかわらず、辛そうな表情を浮かべていない。女は青い肌をして、頭に1本の角を生やしていた。無表情な顔に単眼が目立っていた。その女は魔物だ。3日前から男の後ろを歩いている。
男は、軽くため息をついた。
トマスは落ちこぼれ神父だ。神父になる前から落ちこぼれだった。
トマスは騎士の家に生まれた。父のあとを継ぎ、騎士になることを期待された。トマスは頑丈な体を持ち、武術の腕もそこそこであった。問題は性格、あるいは人格のほうだ。状況と自分の立場をわきまえずに物を言い、行動した。一族が勢ぞろいする集まりの日に、遊びに行って欠席した。父の上司の前で、その上司と仲の悪い者を褒め称えた。領主の主催する式典に、立ち食いをしながら参加した。トマスの父は矢面に立ち、頭を抱える羽目となった。こんな事で騎士が務まるのかと、トマスの将来を悲観した。
この心配には、トマスの方から一応の解決策を出した。トマスは17歳のときに、神学校に入り聖職者となりたいと申し出た。家は弟に継がせてくれと言った。父を初めトマスの家族は驚いたが、この申し出に喜んだ。早速、トマスを神学校へ入れた。
もっとも、トマスの性格では聖職者としても無理があるのではないかと、トマスの父は危惧した。その心配は、みごとに当たった。神学校では、早速問題児となった。新入生の前で訓示を垂れる先輩の前で、大あくびをした。うるさ型として知られる教師の質問に対して、逆質問で返した。大司教が参列する式典に、寝坊して欠席した。トマスは勉強にはまじめであり、成績も悪くは無かった。とは言え、それで問題のある言動が帳消しになるわけではなかった。
トマスは神学校を卒業すると、北にある開拓地の教会に派遣されることになった。聖職者としての将来を閉ざされたようなものだ。神に召されるまで開拓地の人々の魂を導けと、神学校の教師は悪意をこめて言った。もっともトマスは、神に召される前に開拓地を去らねばならなかった。ある時、開拓地に巡視の神父が来た。トマスは、巡視の者の接待をシスターに押し付けて、放置した。開拓地では、その時井戸掘りが佳境となっていた。井戸掘りに参加する事を、トマスは優先した。巡視の神父は腹を立て、主神教会の本部にトマスの事をこき下ろして報告した。トマスは、北にある蛮国の開拓地に派遣される事となった。左遷地からさらに左遷される事となった。
トマスは、馬に乗り剣を携えて蛮国へ向かった。教会の本部の者はその事を知ると、わざわざ教会の騎馬兵をトマスのもとへ派遣した。トマスの馬と剣を没収した。トマスを歩いて蛮国に行かせ、丸腰で蛮地に行かせた。神父である身で馬に乗って楽をするとは何事だ、剣ではなく神の教えで身を守れと、教会本部の者は楽しげに喚いた。トマスは、1月かかって目的地に着いた。丈夫な上に開拓地で鍛えたトマスだからこそ、1月で着いた。普通の神父ならば、たどり着けたかどうかもわからなかった。
トマスが魔物娘と会ったのは、蛮国へ入ってすぐだ。その国は、一応中立国だ。蛮国であるため、主神教会も魔王も放置していた。その国に人間が入ろうと、魔物が入ろうと誰も気にしなかった。
トマスは、粗末な宿屋で魔物娘と鉢合わせた。その魔物娘はサイクロプスだ。青い肌をして、頭に1本の角を生やし、単眼の魔物だ。サイクロプスは、トマスを無表情に一瞥すると、そのまま何もしなかった。トマスも手を出さなかった。いちいち魔物と衝突するという、面倒な事はしたくなかった。その場で別れて終わりにするつもりだった。
その後の道中で、サイクロプスはトマスの後をついてきた。行く先が同じらしい。トマス以上の大荷物を持っているにもかかわらず、トマスと同じ速さで歩いた。トマスは引き離す事ができず、最後まで魔物娘と道中を共にする羽目となった。
トマスの目指す開拓地の村は、盆地にあった。盆地には3つの村があった。トマスは西南の村へ入った。サイクロプスは西北の村
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