廃兵詩人と神の楽士

 町の西側にある広場に、10人ほどの人が集まっていた。日暮れの時刻であり、仕事帰りや買い物帰りの人が広場を歩いている。この時刻を狙って、大道芸人や吟遊詩人の中には芸を披露する者がいる。人の集まりの中心にいる吟遊詩人もその一人だ。
 落日に照らされた吟遊詩人の姿は、人目を引いた。青い縫い取りがあり、襞や切れ目の目立つ黒い上下の服をまとっている。青い羽根飾りのついた黒い帽子をかぶり、左目から額にかけて紫色の布で覆われている。彼の側には、やけに長い杖が置いてある。彼はひなびた感じの中年男であり、目立つ格好とは対照的だ。そんな恰好の男が、痛みの目立つリュートを弾いているのだ。
 リュートの腕はたいしたものでは無い。だが、深みのある歌声は朗々と響いた。彼の歌う物語は、傭兵たちの栄光に満ちた戦いだ。臨場感のある描写と深い歌声は、物語に合っていた。人々は聞きほれている。
 歌が終わると、吟遊詩人は客に向かって芝居がかった一礼をした。客たちは拍手し、銅貨を投げつける。吟遊詩人は、頭を下げながら金を拾い集める。
 客は去っていき、吟遊詩人は拾い集めた金を見つめた。わずかな金に過ぎない。彼はため息をつく。今日の稼ぎでは宿に泊まる事は出来ない。野宿しなくてはならない。
 町に物乞いたちがいれば、彼らのように町の道端で寝る事が出来るだろう。だが町の警備兵は、彼を険しい顔で見ていた。町にいないほうが良いだろう。
 吟遊詩人は、町から出る門に向かって早足で歩き出した。もうすぐ門が閉められるからだ。

 吟遊詩人は、町と外の境界にある草地で野宿をした。境界には石壁があるが、所々崩れている。こんな有様で警備兵たちは余所者を警戒しているのだ。吟遊詩人は低い声で嗤う。
 彼は、夜闇の中でたき火を見ながら唇を歪めた。物乞いのような有様の自分を嗤っているのだ。苦労の積み重なった自分の体をつかむ。疲労が体の奥に堆積している。
 甘い香りが彼の鼻をくすぐった。吟遊詩人は顔を上げる。東風が運んでくる香りだ。目を凝らしていると、何者かが近づいてくるのが分かる。吟遊詩人は、側に置いてある杖をつかむ。
 たき火の灯りが翼ある者を照らし出した。吟遊詩人は声を上げる。黄金色に輝く翼を見たからだ。その翼ある者は、女の体に鳥の翼を持っている。
「ここに座ってもいいかしら」
 明るい声が響いた。女の格好は、吟遊詩人よりも目立つものだ。紫色の薄物で辛うじて胸と下腹部をおおっている。乳首や下腹部に金色の装飾品を付けているが、彼女の官能的な体を際立たせている。その体に黄金色の翼が付いているのだ。肩から弦楽器を吊るしているが、彼女も吟遊詩人なのだろうかと、男は考える。座ってもかまわないと、男はやっと言う。
「私の名前はアニラ。このヴィーナで曲を弾きながら旅をしているの」
 翼を持つ女は、弦楽器を持ち上げて見せた。
「俺の名はホルガーだ。あちらこちらの町や村で歌を歌っている」
 ホルガーは、名乗り返しながら女を見つめた。こいつは魔物娘か。確か、ガンダルヴァとかいう曲を奏でるのが得意な魔物娘がいたな。黄金の翼がある魔物娘だと聞いた。彼は、無言のまま考える。
「目が悪いのね。でも、これだけ近づけば分かるでしょ。私は魔物娘よ。ガンダルヴァという種族なの。魔物だからといって危害は加えないから、安心してね」
 アニラは、ホルガーの考えを肯定する事を言った。もっともホルガーとしては、簡単に安心する事は出来ない。魔物娘は、主神教の聖職者がいうほど危険な者では無い。その事を彼は知っている。だからといって、野宿している時に初対面の者を信用する気は無い。目につく武器は持っていないが、小刀くらいは持っているかもしれない。
 ホルガーはアニラの顔を見た。細面だが肉感的な顔だ。切れ長な目と少し厚い唇は、官能的な魅力を称えている。惜しげなく露わにしている蠱惑的な体とよく合っている。彼は、魔物娘が性の魅力がある事を思い知らされた。
 ホルガーは唇を噛みしめた。アニラの体に欲情をかき立てられたからだ。彼が初めに嗅いだ香りは、アニラからただよってくる。彼は、ガンダルヴァが官能的な香りをまとっているという話を思い出した。
 欲情を抑えようとしているホルガーを、魔物娘である楽士はおもしろそうに見ていた。

 二人はたき火に当たりながら、自分たちが旅をしてきた所について話し合った。彼らのように漂泊する者にとっては、自分が旅してきた所を語る事は良い情報交換となる。
 アニラは、愛の女神に仕える楽士だ。旅をしながら愛を称える曲を、ヴィーナという弦楽器で奏でている。愛の女神は、主神教国でも認められているために大陸中に勢力がある。愛の女神の勢力を頼りにしながら、大陸中を旅しているのだ。
 ホルガーは、現在いる国の中を旅して回っている。この国の南
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