男は立ち尽くしていた。汚れた男だ。泥で全身が汚れており、下半身は小便で汚れている。男の全身からは、汗と垢、小便の悪臭が立ち込めていた。貧弱な槍と鎧も、男の無様さを強調するだけだった。
目の前には森がある。この先は魔物たちの領域だ。人間ならば踏み込まない。男は戻る事はできなかった。後ろからは敵兵が迫っている。男を嬲り殺しにするために、余裕を持って確実に迫ってきているのだ。男は力なく笑った。前に進めば、魔物たちに嬲り殺しにされる。後ろに戻れば、人間の敵兵に虐殺される。どちらに進んでも、生まれて来た事を後悔するような殺され方をするのだ。
男は笑った。生まれて来てよかったと思える様なことなど、俺の人生にあったのか?男は笑うしかなかった。
ゲッツは傭兵だ。なって1年にも満たない。所属しているのは弱小傭兵団だ。そんなところしかゲッツは入れなかった。
ゲッツは、生まれた時から負け犬だった。ゲッツは、農家の次男として生まれた。長男が死んだ時に家を継がせるために産み落とされた。単なる補充でしかなかった。幼い時から、長男より少ない食事しかもらえなかった。物心つく前に農作業を強要された。殴られながら農作業を覚えた。ゲッツは要領が悪く、殴られない日は無かった。
ゲッツは、15歳のときに家から追い出された。長男は無事に大人となり、家の畑を親に代わって耕すことができた。ゲッツには既に利用価値が無かった。15になれば独り立ちするのは当たり前だ、甘えるな。そう喚きながら親と長男は、ゲッツを家から叩き出した。ろくな物をゲッツに与えず、家から追い出した。
ゲッツは、近くの町に住み着いた。他に働ける場所は無かった。有ったとしても行く事はできなかった。ろくな職に就けなかった。農業を少し出来るだけで、何の知識も技術も無かった。コネも無かった。不器用でもあった。荷担ぎ人足、工事現場の下働き、道路の清掃人。低賃金できつく汚い仕事をやるしかなかった。しばしば雇い主の都合や、一緒に働いている者の機嫌で仕事場から追い出された。住んでいた部屋から追い出された事は、1度や2度ではない。飯を食えない日も珍しくなかった。ゲッツを助けてくれる者は、誰もいなかった。
ゲッツは、自分の人生に辟易していた。人生を挽回したい。そのためには自分の人生を危険にさらしてもいい。他人の人生をぶち壊してもいい。ゲッツは戦を望んだ。軍に入る事を望んだ。
戦は、ゲッツのいる国に近づいていた。国は、近年の不作で国力を弱めていた。国力の低下に伴い、富者たちは自分の利益を露骨に追求し始めた。貧富の差は、急速に拡大していった。危機に対応するはずの王都の中央政権は、私欲をむき出しにした権力闘争を繰り返していた。中央政権の腐敗は進み、危機に対応できない事は誰の目にも明らかだった。中央の弱体化に伴い、地方勢力が台頭してきた。地方勢力を牛耳る大貴族達は、この国の実権を握るべく動き出した。地方勢力間の衝突は、既に起こり始めていた。国内の混乱を調停するはずの主神教会は、混乱に乗じてこの国での勢力を強めようとしていた。この国で内乱が起こる事は、確実なものとなった。
内乱が勃発したのは2年前だった。国の西部の大貴族同士が、領地を争い大規模な戦闘を始めた。この戦いを狼煙として、国中で戦が始まった。王は乱の鎮圧を口実に、西部のある大貴族の領地に攻め込んだ。王の軍は、この地で虐殺、強姦、略奪、放火などの暴虐を行った。王の軍に虐殺された者は、少なく見積もって2万に上った。この暴挙により、王の権威は地に落ちた。王の叔父は、これに乗じて反乱を起こした。軍を扇動し、王都を襲撃した。王とその臣下の者達は殺戮された。殺戮されたものの数は1万に上った。王の臣下は、全て殺されたわけではなかった。王都から逃れた王子を担ぎ上げ、新王となった王の叔父を偽王と呼んだ。王子一派は、偽王追討を各地の大貴族に命じた。大貴族達はこの追討命令を利用し、この国を牛耳るために軍を動かした。主神教会は、混乱の平定を口実に教会軍をこの国に派遣した。国全土に戦乱が起こった。
ゲッツは、この戦乱で自分を浮かび上がらせる事ができると考えた。出来ずとも、自分が加害者の側に回れると考えた。ゲッツは、自分が住む地域を支配する領主の軍に入ろうとした。ゲッツは門前払いされた。領主の軍は、身元がきちんとしており能力のある者しか入れなかった。戦乱が起きても、入れる条件は変わらなかった。農家から追い払われ、町で下等と見なされる仕事をしていたゲッツに入る事はできなかった。次に、この町に来た傭兵団に入ろうとした。外国から来た傭兵団と、国内で戦乱に応じて結成された傭兵団があった。その両方から追い払われた。傭兵団は身元は不確かでもかまわないが、能力が無ければ入ることはできなかった。兵士
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