ブドルフは、天幕の中で鶏の腿足にかぶりついていた。彼女は、鉄の鎧を身に付けた状態で飯を食らっている。彼女は、夜が開けたら指揮官として都市を攻めなくてはならない。「腹が減っては戦が出来ぬ」という東方の言葉を、彼女は信じている。単に彼女が食い意地を張っているだけだが、そのおかげで臣下の者は戦でも飢える事は無い。
ブヒブスブルグ家の当主であるブドルフは、領地争いから都市攻めをする事となった。彼女のいる神聖オーク帝国は乱れており、彼女のような田舎領主も戦わなくてはならないのだ。
ブドルフは、兜を外していた。その顔は健康的な褐色であり、髪は銀色である。肉感的な整った顔をしており、性の魅力がある。鎧を外せば、豊かな胸の目立つ肉付きのいい体が分かるだろう。
ただ、彼女の特徴は、猪を思わせる耳だ。鎧を脱げば、尻尾が有ることが分かるだろう。彼女は、ハイオークという種族の魔物娘であり、豚の魔物娘であるオークたちを率いている。
彼女の隣では、彼女の臣下にして夫である者が一緒に鶏を食っている。彼は人間であり、ゲルトハルトという名だ。食うだけ食ったら、二人は性の交わりを楽しむのだ。戦の前には英気を養わなくてはならない。
突如、「失礼します」と言いう言葉と共に、ブドルフの臣下の者が天幕の中に走り込んできた。「何事だ」と、緊張した顔でブドルフは誰何する。
臣下の者はあわただしく報告する。選帝侯の急使として、ブヒーフェンツォレルン家のブヒンリッヒ卿が来たと言うのだ。ブヒンリッヒは、ブドルフの旧知の間柄だ。その彼女が、選帝侯の使者としてくるとは尋常ではない。
ブドルフは、平静を装いながら使者を迎え入れた。
ブヒーフェンツォレルン家の当主であるブヒンリッヒ卿は、生真面目にあいさつをした。彼女は、体付きが良いハイオークであり、整った顔に険しい表情を浮かべている。いつも険しい表情を浮かべているが、今日は一段と険しい。ブドルフはいぶかしむ。
それにブヒンリッヒの姿も気になる。戦場に来るのだから鎧をまとうのは当たり前だが、その鎧は正装用の物だ。彼女と一緒に戦場に出た事が有るが、彼女は戦場にそんな物は着てこない。
ブヒンリッヒは、すぐに本題に入る。彼女によると、ブドルフは「神聖オーク帝国皇帝」に選出されたそうだ。選帝侯会議はブドルフを皇帝に選出し、ブヒンリッヒは選帝侯からブドルフに伝える事を命じられたのだ。
「冗談もたいがいになされよ。いくら何でも、明日は命がけの戦いをする私に言うべき冗談ではありませんぞ」
「このような事を冗談で言ったりはしません」
責め立てるブドルフに、ブヒンリッヒは憮然として言う。
確かにブヒンリッヒは、冗談でこのような事を言う者ではない。だが、にわかには信じられない事だ。ブドルフは、帝国南西部の山岳地帯を支配する田舎領主に過ぎない。皇帝になれる勢力は持っていないのだ。
ブドルフの夫であるゲルトハルトは、彼女の方を心配そうに見ている。だが、それに応える余裕は彼女に無い。
オークたちの領主であるハイオークは、宙をにらみながら沈黙していた。
「神聖オーク帝国」という国がある。ハイオークとオークたちの国だ。かつて古代には「オーク帝国」という国が栄えていたが、その帝国は滅亡した。その後継者を気取っているのが神聖オーク帝国だ。
もっとも、名前負けしている国だ。かつてのオーク帝国の領土の一部を支配しているに過ぎない。しかも現在は、帝国内は乱れていた。皇帝であるブヒードリヒ2世は、主神教団領侵略に失敗した。その結果、彼女は失脚して後継者争いが起こってしまう。三十年間にわたって皇帝が存在しない「大空位時代」と呼ばれるありさまとなってしまったのだ。
その乱れようは尋常ではない。帝国内の諸侯たちは、勢力を拡大するために戦い合っている。皇帝を選出する役割を果たすべき選帝侯が、その勢力争いの先頭に立つありさまだ。
「おどれ、ワシに楯突こうと言うのか!いい度胸だワレ!」
「貴様、どうけじめをつけるんじゃ!エンコ詰めろや!」
こんな怒号が帝国中に満ちているのだ。東にある霧の大陸から来た人虎は、帝国内の騒乱を「仁義なき戦い」と評している。
こんなざまだから「神聖オーク帝国」などと呼ぶのは国内の者くらいである。他国の者は「神聖雌豚帝国」と呼んでいる。「黒豚であるハイオークが、白豚であるオークを支配する国」というわけだ。もっとも支配しきれないのが現状だから、「黒豚白豚雌豚狂騒国」と笑う文士もいる。帝国が外国に侵略されないのは、あまりのアホらしさに放置されているからだ。
この騒乱に対して介入しようとするのは、主神教団の教皇くらいだ。彼は、ニタニタ笑いながらこう言った。
「ほう、貴卿らは国を治める事すら出来ないのか。では、神に代わって私が治め
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