私は、生まれてからこの館から出たことは無い。正確に言うと、北の棟から出たことは無い。二階建ての棟には十室有り、この狭い領域から出たことは無いのだ。窓から見える北の森とその向こうに見える山脈を見ながら、私は外の世界について想像を巡らせて生きてきた。
窓を開けると、風が吹いてくる。森林の前にある草地の匂いが吹き込んでくる。あの草地に横たわれば、どのような感触が得られるのだろうか?森の中を散策し、地を踏みしめた時の感触はどのようなものだろうか?窓越しではなく、直に日にあたりたい。
だが、私には許されていないことだ。私が存在することを許される場所は、この北の棟だけだ。
振り向けば、彼女がいる。彼女の赤い瞳は、私を見つめている。艶めかしい青い肌を晒しながら、黒髪を波打たせる。赤と黒の角は髪と共に揺れ動く。そして、背に広がる黒い翼は滑らかな動きを見せる。
私の育て親にして監視者である悪魔は、艶麗な顔に笑みを浮かべながら、私を見守っていた。
外を見ると、館の使用人が巡回していた。北の棟の一室には使用人が張り付いており、私が逃げ出さないように窓から監視している。森の前には監視小屋がある。こうして、この館の使用人は私を監視し、外部からの侵入者を見張るのだ。
私は苦笑を抑えられない。そのような監視は必要無いのだ。私には、常に悪魔が張り付いて見張っている。彼女の手を逃れて逃げ出すことは不可能だ。
だが、私は彼女に感謝すべきかもしれない。彼女のおかげで、部屋の窓に鉄格子は付けられない。彼女がいなければ、私は窓をふさがれた部屋に監禁されていたかもしれないのだ。
前述したように、私は生まれてからこの館に監禁されている。理由は、私の顔が醜いからだ。いや、醜いなどという生易しいものではない。私は、鏡を見るたびに思案する。どのような法則によって、このような顔が出来るのだろうかと。
私の顔を言い表すのならば、混沌という言葉が適切だ。目のあるべき場所に目は無い。鼻の有るべき場所に鼻は無い。口のあるべき場所に口は無い。いずれも本来無いはずの場所に有る。肉の付くはずの場所に肉は付かず、肉の付くはずの無い場所に肉は付いている。
人は神によって作られたと言う。それが真実ならば、私を作った時に神は酔っぱらっていたのだろう。あるいは、おかしな薬を楽しんでいたのだろう。
私は貴族の家に生まれた。私の家は私の存在を恥じ、私をこの館の中に監禁したのだ。表向きは、私は死産ということになっているそうだ。つまり私は、公的には存在しない人間だ。
私を育ててきた者は、ファティマという名の悪魔だ。彼女は、私の母のような存在だ。私の衣食住は、彼女の手によって与えられた。彼女は私に言葉を教え、動作を教えた。私に学問を教え、武術を教え、礼儀作法を教えた。私という存在は、彼女によって形成された。
もしかしたら、彼女を母と呼ぶことは不適切だろう。おそらく、世の中にいる母以上のことを彼女はしてくれた。それでは彼女は何かと聞かれれば、私にはうまく答えることは出来ない。
私のような異常な顔をした者は、他人から迫害されるだろう。家族も迫害者となるだろう。現に、私の一族は私を監禁している。だが、ファティマは私を迫害しない。私を育てるために力を尽くしている。愛情という言葉は安易に使うことは出来ないが、ファティマは愛情をこめて私を育てているのだろう。そう私に思わせるような育て方をしているのだ。
同時に、彼女は私の獄卒だ。ファティマは、私を育てながら私をこの館に捕らえている。彼女は、私がこの館から出ることを許さない。外へ出ようとする私の試みは、ことごとく彼女によって妨げられた。
彼女は、私の一族と契約を結んでいる。彼女は、私の一族を
#32363;栄させる。その代わりに、私の一族は彼女の勢力拡大のために働く。それが契約の内容だ。高位の悪魔であるファティマは契約に従い、没落貴族である私の一族を盛り上げた。私を監禁し、育てることも契約の中に入っている。
悪魔は、私の庇護者であると同時に獄卒なのだ。
私の生活は、悪いものでは無い。それどころか贅沢なものだろう。館は古色蒼然とした趣であり、陰鬱な印象を与える。だが、歴史を経た石造りの壁や柱、床は、堅固な造りだ。
室内の装飾も立派なものだ。壁には絹織りのタペストリーが飾られ、金で縁取られた鏡が掛かっている。床には毛皮が敷かれ、大理石造りの彫像が置かれている。昼はステンドグラスからさす光が照らし、夜は金銀の燭台が照らす。
北側にあるために日当たりが悪い事が難点だ。春秋でも暖炉に火を入れ、毛皮をまとっている。ただ、暖炉が有り薪に困ることは無く、黒貂の毛皮をまとうことが出来る。これは恵まれた環境だと言えるだろう。
私は、絹服をまとうことが
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