地を這う者たちと堕戦士

 辺りは闇に覆われていた。所々にたき火はあるが、濃い闇の中では心もとない。たき火のそばにいる人々は、恐怖と疲労で顔が歪んでいる。
 男が一人、たき火のそばで酒を飲んでいた。髪はもつれ、服は土と血で汚れている。そばに置いてある槍は、ぬぐい切れなかった血がこびりついている。沈鬱なまなざしで火を見つめながら、革袋から直接葡萄酒を飲んでいた。
「他の連中が女を抱いているのに、お前は酒を飲むだけかよ」
 通りかかった男が嗤う。岩や草の物陰からは、男の荒い息と女の喘ぎ声が聞こえてくる。
「うるせえ!」
 酒を飲んでいる男は、横目でにらみながら怒鳴る。
「死ぬ前に女を抱かずに酒かよ」
「うるせえ!消えろ!」
 男は酒を置き、槍をつかむ。目は憎悪で血走っている。
 嗤った男は、馬鹿にしたように背を向けて足早に去って行った。
 男は、その背に刺すような視線を突き付け続ける。ゆっくりと槍を置くと、再び革袋を持ち上げて飲み始めた。男の耳には、交わる男女の声が聞こえてくる。
 くだらねえ、そう男はつぶやく。陰鬱なまなざしで炎を見つめながら、男は一人で酒を飲み続けた。

 一人酒を飲み続けるヴァルディの所に、近寄ってくる女がいた。大股で歩く女は、たき火の前で止まる。
「座ってもいいか?」
 低いがよく響く声だ。
「ああ」
 ヴァルディはぶっきらぼうに言う。
 女は座り込み、軽装用の鎧が硬質な音を立てる。女は、長剣を傍らに置いてたき火を見る。男でも振り回すのは難儀な長剣を、女は巧みに振るう。持っていた革袋の栓を抜き、女は酒を飲む。喉の鳴る音が響く。
「ずいぶん活躍しているじゃないか。あんたの名は残るな」
 ヴァルディは、ぶっきらぼうな口調ながら彼女をたたえる。
 ロスヴァイセは、ヴァルディと同じ部隊に所属している。彼女の活躍は、目を見張るものがある。反乱軍の中で最強かもしれない。現に指導部からは、彼女に軍の指揮を執って欲しいという打診があった。だが、彼女はそれを断り、一兵卒として戦っている。
「残しても仕方がないさ」
 ロスヴァイセは、どうでも良さそうに答える。
「お前も活躍している。死兵のようにな」
 ロスヴァイセに皮肉交じりに褒められて、ヴァルディは苦笑する。
 ヴァルディは死を覚悟している。農民たちの反乱の末路は分かり切っている。皇帝、諸侯の連合軍は戦う専門家たちだ。しかも大砲や銃を持っている。槍や鎌、斧で戦う農民たちとは格が違う。
 ヴァルディたちは、昔の砦の跡に立てこもっている。明日には皇帝、諸侯軍は攻撃を仕掛けてくるだろう。帝国中に広がった農民反乱は、皇帝、諸侯軍の行う大虐殺により鎮圧されつつある。ある地方では、虐殺した数千人の屍を川に投げ込んだ。ヴァルディたちを皆殺しにすれば、反乱はほぼ平定される。そして大虐殺は良い見せしめとなり、農奴に対する収奪はこれから長く続くだろう。ヴァルディたち反乱軍は、皆殺しにされるだろう。
 だが彼は、反乱に参加したことを後悔していない。農奴として虐げられて生きてきた。苦痛に満ちた生活を送り、生まれてきたことを呪いながら生きてきた。反乱に参加することで、自分を虐げてきた地主とその犬を屠殺し、役人どもを血祭りにあげた。この者たちと共に収奪を行っていた主神教団の者たちも屠った。ヴァルディは、殺戮を行うことで尊厳を回復したのだ。
 ヴァルディは、戦いの時は先頭に立った。地主である貴族に土地争いの時に兵士として動員され、初歩的な軍事訓練を受けた。歯を四本折られる暴行を受けながら、兵士としての基礎技術を文字通り叩き込まれた。その訓練の成果を、この反乱で十分生かしたのだ。自分が死ぬことを前提にして戦ってきた。今まで生き残れた理由は、運が良かっただけだ。
 ヴァルディは、酒を飲みながら彼女を見る。鎧は、土と血で汚れている。彼同様に汚れた姿だ。だが、汚れていても美女だということは分かる。彫りが深い顔は整っており、体は引き締まっていながら肉感的だ。金色の髪は汚れているが、洗えば素晴らしい輝きを見せるかもしれない。その美女からは、強い存在感が放たれている。ヴァルディたち農民とは別の存在だ。
 なぜ、こいつは俺たちと戦っているのだ?ヴァルディは、内心疑問に思う。ヴァルディたちは農民反乱軍だ。みすぼらしい上に戦向きではない。追い詰められたみじめな反乱軍だ。 ロスヴァイセのような騎士でも貴族でも通用しそうな者とは違う。彼女は場違いなのだ。
 あいつらと一緒にいたほうが似合うのではないか。ヴァルディは、皇帝、諸侯軍のいるほうを見ながらそう思う。皇帝軍の将軍の一人は「勇者」だ。その勇者と共に戦ったほうが似合いそうな気がする。
 「勇者」は、有力諸侯の息子として生まれた。幼いころから文武に優れ、長じてからは指導者としても騎士としても有能さを発
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