「この人形達、しゃべるし動くんだ」
長野は、危うく持っていたブランデーソーダのグラスを落とすところだった。長野はグラスをテーブルの上に置くと、まじまじと種村の顔を見た。
「そんな顔で見ないでくれ。頭は大丈夫だ」
種村は、苦笑しながら言った。
「今は動かないよ。お前を検分中といったところだな」
種村は楽しげに言うと、ブランデーソーダを静かにすすり出した。
長野は、じっと種村の顔を見ながら考えた。種村がこの館に引きこもって2年になる。おかしくなるには十分な時間だ。気づかなかっただけで、引きこもる前からおかしかったかもしれない。今は話を聞きながら、種村を観察しよう。何をするにしても、種村の様子がわからなければどうにもならない。
種村は、微笑みながら3体の人形を見つめていた。いずれも古めかしいデザインの服をまとっていた。ゴシックロリータに近いかもしれない。人形の顔は、いずれも整っていた。本物の少女よりもきれいな顔立ちだった。
人形が動くか、陳腐な妄想だな。長野は無表情を保ちながら思った。
長野と種村は、高校時代からの付き合いだ。同じ商業高校、同じ大学の商学部を出た。学校を出て、別々の仕事に就くようになっても付き合いは続いた。
種村は大学を卒業後、地元にある地方銀行に正規雇用で入行した。8年間銀行に勤め、これから中堅行員として活躍するところだった。それが突如銀行を辞めた。おじから遺産を相続したためだった。銀行を辞めると、相続した古めかしい館に移り住んだ。
種村が館に引きこもった後は、長野と種村は電話やメールでやり取りをした。種村が引きこもってから2年ほどたった時、長野は種村からひとつの誘いを受けた。館でしばらく一緒に暮らさないかと。
長野は、この誘いを承諾した。種村の様子が心配だった。電話やメールでは、異常なところは無かった。だが、2年も過疎地にある古い館に引きこもっているのは、尋常ではない。長野はライターをしており、時間に融通が利いた。ノートパソコンさえあれば、執筆に差し支えは無い。誘いを受けると、出版社と打ち合わせを済ませた後、種村の住む館に来た。
長野は、ベッドに横たわっていた。種村と酒を酌み交わした後、あてがわれた部屋で寝ることにした。部屋は、凝った装飾が施されていた。古くて壊れた所もあるが、建てられたばかりのころはさぞ華やかだったと思わせる物だ。
館は、ヴィクトリア様式の物だ。大英帝国の最盛期の建築様式で建てられた館だ。種村の先祖が、大正時代に建てた物だ。種村の先祖は,この館のある一帯を支配した大地主だ。地主貴族とでも言ったらいい存在だった。その地主貴族が、金に飽かせて建てたのがこの館だ。
種村家は戦後没落したが、この館といくらかの山林は残った。種村家の財産は、種村のおじが相続していた。おじの死により、種村が相続することになった。
種村家最盛期のころは、多くの使用人が働いていた。現在は、種村1人が暮らしている。種村のおじも1人で暮らしていた。館の1人暮らしと聞いて、長野は汚れきっていることを予想していた。意外にも、居住に使っている箇所はきちんと掃除してあった。長野にあてがわれた部屋も清潔だ。種村の家事能力が高いことは知っていたが、長野の予想以上だった。
だからといって正気とは限らない、長野は表情を歪めながら思った。種村の様子しだいでは、何らかの手段を取らなくてはならない。友人にあまり強硬な手は取りたくは無い。第一、こんな人の少ない田舎で暮らしているのだ。他人に迷惑をかけているとは考えにくい。少しおかしいくらいなら、自分が話し相手になるくらいでよい。少しくらい狂っているからと言って、嫌いになるわけではない。ただ、あまりにもおかしければそれなりの対応は必要だ。専門家の協力が必要となる。
今は、種村を観察することが第一だ。判断材料が少なすぎる。そのためにも今日は休んだほうがよい。
長野は、寝ることにした。その前にトイレに行っておくことにした。
トイレから帰る途中、先ほど酒を酌み交わした部屋のそばを通りかかった。まだ、明かりがついている。
部屋の中からは、人の話し声がした。1人は種村の声だ。他の声は少女のものだ。
人形が話している?馬鹿な。長野は、この現象について考えた。何らかの音声再生装置を用いて、少女の声を出しているのか?狂人は、自分に起こっている現象を自分に説明するために、あれこれ画策するという。人形がしゃべるということを納得するために、音声再生装置を用いる。傍から見れば馬鹿馬鹿しいが、狂人には必要なことかもしれない。
長野が異常現象について考えていると、部屋の扉が開いた。扉には人形が立っていた。
「よろしければ部屋の中へいらっしゃらない?春明お兄様」
人形は、微笑みなが
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