登場人物
「雲行きが良く無いなあ」
そうポツリと漏らした男の頭上は曇天、
西に聳える城の瓦には今しも雨が落ちて来そうだ。
白い塀の並ぶ通りを抜け、堀に架かる橋を渡る男は恐らく侍だろう、何処にでも居るような顔をしていて
目は細く、髪は何だかモジャモジャしている、
年は三十そこら。
そんな侍が橋を渡り、一つの大きな建物へ入っていく。
奉公所か何かの建物に入った侍はたっぷり6時間程してから出て来た。
「疲れた・・・」
そう漏らした侍は来た道を辿り、自身の家へと向かおうとする、
「野々助殿!」
そう声を掛けられた侍は振り向くと、いましがた出て来た建物から男が駆けてくる。
何だろうかと疑問に思う前に一つの絵巻を目の前に突き出された。
「うえっ」
驚きで可笑しな声が漏れる
「歌川先生の新作が手に入りましたぞ!!」
その男は興奮冷めやらぬ感じで野々助と呼んだ侍に絵巻を手渡し、返事など要らぬと言うかの如くそのまま言葉を続けた。
「いやぁ今回の歌川先生の絵はいつもより更に力が入っておられる!まるで絵に命が宿っているかの様な出来!何時もならばもう少し堪能してから野々助殿にお貸し致すのですが、今回は早く語り合いたいとおもいまして・・・」
野々助は手渡された絵巻を少し眺めた。
「いつも済まないな、ありがとう」
男は照れながら「何の何の」と頭を掻く
「早速家に帰ってゆっくり眺めさせてもらうよ、明日は仕事の後飲みに行こう」
そう言って野々助と男はそれぞれの家路へと向かった。
絵巻を渡して来た男は安西という名前で、野々助とは縁の古い仲間で、何の仲間かと言うと(猫好き仲間)であった。
渡された絵巻も何のことはない(猫の絵巻物)で、歌川先生とは猫好きの浮世絵師、
安西と野々助はこうして手に入れた絵巻の猫や町の美猫、自身の飼っている猫について語らう猫好きだった。決して春画では無い
野々助は自宅に着くと昼過ぎだと言うのに暗い部屋に蝋燭を付けた
朝と変わらず曇天、直ぐにでも泣き出しそうな空模様。
「小梅?」
野々助は自身の愛猫の名前を呼んだ、何時もならば玄関を開けると座ってご飯の催促をされるが今日は姿が見当たらない。
「雨が降りそうなのに散歩かなぁ・・・」
最初の30分程はまだ野々助も絵巻を眺めてはいたが頭に入らず、小雨が降り出した頃には絵巻を片付け、家に小梅の好きなご飯を置き、下駄を履いていた。
小梅がいつも散歩する道を唐傘をさしながら探し回る、白い塀の上、廃寺の中、ご飯をくれるオババの家、一応安西の家にも行って見た。
「見つけたら直ぐに知らせるでござる」
安西はやはり良い奴だったが野々助は小梅が居ないことを確認するともう一度自宅に戻る事にした、安西がまだ何か言ってくれているが耳に入らない。
「いない・・・」
自宅に戻るがやはり小梅の姿は無く作ったご飯も手付かずのままだった。
「小梅・・・」
下駄を脱ぎ散らかし念の為と家中を探し回るが見つからない、いつのまにか野々助は玄関に座り込んでいた。
「一体どこにいったんだ・・・」
小雨だった雨が激しくなり大きな音を立てる、小梅は水が他の猫よりも苦手で雨が降ると野々助の懐に入ろうとする程だった、野々助は頭を抱えて小梅の行きそうな場所を考えながら雨が早く止む様に祈った。
「・・・うむ?・・」
小梅が居ないというのに体は正直で疲れに負けて居眠りをしてしまっていたようだった。
「帰ってないか」
台所に行き又小梅のご飯を確認する。
「1日居ないだけでコレか・・・存外ヤワだな僕は・・・」
台所にまた座り込み、暫くボーっとしていると唐突に物音がした。
振り向いても何も居ないが、物音は鳴り続けている。
「?何処から・・・」
物音の主が小梅かも知れない、そう思い耳を澄ます。
「屋根・・裏?」
物音は屋根裏もしくは屋根から聴こえて来る、雨音とは違うカリカリと爪の当たるような音、野々助は台所の隅にある踏み台を取り出し天井の板を外す、埃など気にもしないで蝋燭に火を点け暗い屋根裏を見渡す。
「小梅・・・?」
ジッと暗闇を見つめ、愛猫の名前を呼んでみる。
「いるのか?出ておいで?」
すると暗闇に二つの光が出てきた。
「小梅!」
野々助は自身の体重も忘れて屋根裏に這い入りその二つの光を放つ生き物をつかむ、生き物はジッとしていたが天井の板は野々助の重みに耐え切れなかった。
「捕まえ・・・たっ?!」
板が外れ野々助は屋根裏から台所に落ちて行く、咄嗟に捕まえた物を自身の懐に抱えて庇うが自身は頭をぶつける。
懐には白い毛並みの猫がいるのを確認しながら野々助は気を失った。
先程の居眠りとは違う感覚で目を覚ました野々助は飛び起き、あたりを見回す。
「小梅
#8264;小梅!」
愛猫の姿を探して首を振りましていると、自身の直ぐそばに白い猫が手拭いを被り、
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