俺は何なんだろうか?
最近はずっとそんなことばかり考えている。
別に、本当の自分は超常的な力が使えて世界を救う人間なんだ!とか思っているわけではない。
ただ自分の存在意義を探しているだけなのだ。
大学受験を半年後に控えた俺は夏休みに戸惑っていた。大学に向けて自分がアピールできることは何だろうか?
勉強?人並み。
運動?人並み以下。
性格?隠キャ。
どれを取っても胸を張れるものはない。唯一得意と言えることは小学校から続けている吹奏楽部でのトロンボーン程度。
別に音楽の道に進みたいわけではないからほぼと言っていいほど無意味だろう。では一体?と、ぐるぐるぐるぐると同じ考えを繰り返していると自分自身が分からなくなってくる。そうするうちに、普段なら思いもしないことを考えてしまう。
そもそも俺は誰かに必要とされているのだろうか?
俺みたいなやつが周りと同じでいいのだろうか?
一度負への道を進むと、もう止まらない。自分で勝手に決めつけて落ち込んでいく。そして、
俺に生きている価値はあるのだろうか?
親の気持ちさえも無視した最悪な疑問を持ってしまった。俺はもうダメかもしれないな、そう思ったらとても悲しくなったので逃げる様に寝た。
「...きて、起きて。」
誰かに頬を優しくさすられて目が覚める。
まだ完全に覚醒しきっていない脳を動かして動作の主を確認する。
月の光が逆光で顔がはっきりと見えない。だが俺はこんなに優しい声をした女性を知らなかった。
「あの、どちら様でしょうか?」
重い瞼を擦りながら言葉を選んで質問を投げかける。
「うふふっ。あなたを迎えに来た、未来のお嫁さんよっ。」
可愛らしい仕草と鈴の音のような声で返されたが、いまいち話が噛み合わない。
「はぁ、それはどういう意味-」
その時俺は、初めてその女性の姿を見て言葉を失った。彼女は人ではなかったのだ。
冷酷な印象を与える青い肌。禍々しく捻れた二本の角。腰から飛び出たコウモリのような一対の翼。
その全てが自分の命を脅かす存在であるのに、不思議と俺は落ち着いていた。というより女性に対して安心感を持っていた。彼女は俺を傷つけない。妙な確信があった。
「あら、驚かないのね。」
「いや、内心とても驚いていますよ。」
彼女との会話が心地いい。
「話戻りますけど、俺を迎えに来たってどういう意味ですか?」
今度は彼女の顔をはっきりと見て聞く。
「あなた寝る前に、オレッテナンダー、カチアンノカーとか思ってたでしょ。だから私はあなたが必要とされる世界に連れて行ってあげようかと思って。」
と当然のようにこのお節介は答えた。だが、悪意は一切感じられない。
「そうですね。こんな月の綺麗な日にあなたと会えたのもきっとなにかの縁でしょう。ご一緒させてください。」
この世界に未練はない、と言ったら嘘になるが彼女との新しい世界の興味の方が強かった。たとえ彼女が俺を騙していて、利用しようとしていても。やはり彼女は見た目通り悪魔なのかもしれない。でももうそんなことはどうでもいい。
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。意外にもすんなり受け入れてくれるし、コッチに来て私の方が驚かされてばかりでいるわ。」
彼女の笑った顔は想像以上に美しかった。
「それじゃ、承諾を得たところで...
-契約しちゃいましょうか-
俺は一瞬の出来事で何が起こったのかが分からなかったが、口づけをされていることを五感で認識した。
互いに唾液を交換し歯茎を舐め合う、自分にとって初めてであるのに彼女に導かれる様に吸い付く、数秒か数分かあるいは数時間か、刹那のような永遠のような時間が経過すると、彼女はまた俺の喉元に噛み付くように唇を強く深く押し付ける。けれども今度は唾液ではない何かを俺の口内に送り込んできた。
甘い。ただひたすらに甘い。
俺の体を内側から塗り替えるべく送り出される妙液を俺は黙って飲み続けた。ある程度流し込むと彼女は満足したのか、そっと名残惜しそうに離れていった。二人の間に官能的な銀の橋が架かる。だいぶ前から意識が朦朧としていた俺は寂しさによって現実に連れ戻される。
「そんな顔しないで、続きは向こうに行ってから。」
そう大人びて彼女は俺を制したが彼女も余裕がなさそうだった。コホンと彼女は自分の本心が見透かされたことを誤魔化すようにわざとらしく咳をすると、再びあの可愛らしい笑顔に戻って
「行きましょうか。」
とだけ簡潔に述べて二人は闇夜の中へと消えていった。
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