お酒は二十歳になってから……

 とある親魔物領の、のんびりした朝。

買い物袋を提げた獣人型の魔物と、その隣を歩く小さな少年は、二人の家へと向けてゆっくりと歩いていた。

魔物は開いた手に透明な瓶を持っており、定期的に瓶の中身を飲んでいる。

魔物が手に持つ瓶の事を除けば、どこにでもいる買い物帰りの親子の様だ。

「おかあさん、どうしておかあさんはいつもおさけをのんでいるの?」
6歳になったばかりの少年は、常々思っていた疑問を、『おかあさん』と呼んだ魔物に問いかける。

「それは、お母さんがサテュロスという、お酒が大好きな魔物だからよ。」
少年の隣を歩く魔物は、少年に答える。

サテュロスは山羊の特徴を持つ獣人型の魔物だ、山羊の角、山羊の下半身以外は人間とそれほど変わらない。

彼女達サテュロスは、バッカスという中級神を信仰している。

バッカスはお酒を司る神だ、その為彼女らはお酒が大好きで手放せないのだ。

もちろん、現魔王の影響で、現在の魔物特有の好色さも持ち合わせている。

「そうなんだー、ぼくもおおきくなったら、おかあさんといっしょに、おさけのむ!」
無邪気な笑顔で少年はサテュロスに話しかける。

魔物には人間の子供を産むことはまず出来ない、この少年は乳飲み子の頃に道端に捨てられていた。

彼を見つけたのは、警備兵のリザードマンだった。

リザードマンは乳飲み子の世話を、交友があったサテュロスに一方的に押し付けた。

しかしサテュロスはしっかり乳飲み子の世話をした。

その甲斐あって、乳飲み子は無事に少年に成長し、今やサテュロスの事を『おかあさん』と呼ぶ。

「そうねぇ、この街での人間の成人は二十歳だから、成人式の後にお母さんとお酒を飲みましょう。」
サテュロスも笑顔で少年に話す。

少年はより一層笑顔を輝かせた。

「絶対だよ、約束したからね!」

少年は興奮した様子で、二人が住む家まで急いで駆けていく。

そんな少年の……アーダンの後ろ姿を見つめながら、サテュロスは魔物としての欲望を必死に押さえ込んでいた。

「今はあの子が成人するまで、男への誘惑や交わりは控えないとね……。」
彼女はボソッっとつぶやいた後、アーダンを見失わないよう追いかけ始めた。






 サテュロス達は気に入った男性を誘惑し、交わろうと常に狙っている。

少年だろうが老人だろうが、サテュロスが性的な相手と認識してしまえば、容赦なく誘惑し、交わりを求めるだろう。

少年やその他大勢の男達に、『おかあさん』と呼ばれるサテュロスが誘惑をしないのは、彼女が彼女自身の魔物特有の欲望を、母性本能で押さえ込んでいるためだ。

彼女がまだ人間だった頃の名残なのだろう。

彼女の名前はララという。

ララには人間だった頃、アーダンと同じ年頃の息子、そして夫がいたが、二人を流行り病で亡くなってしまった。

ララにはその後、二人の家族を同時に失った悲しみと、病に苦しむ息子を救えなかった悔しさから立ち直る時間と方法が必要だった。

そしてララは、バッカス神の信徒達の酒宴に参加し、酒を浴びる様に飲んでいた。

そんなララを見かねた、バッカス神の敬虔な信徒であるサテュロス達に言葉巧みに誘惑され、ララはバッカス神の加護を受けサテュロスに生まれ変わったのだ。





 「ただいまー。」
ララとアーダンは二人揃って、玄関の戸を潜る。

ララはお腹を空かせたアーダンの為に、栄養バランスをしっかり考えたお昼ご飯を作り、アーダンを外へ遊びに行かせる。

ララは酔っ払っていても、家事の精度に全く影響を出さない。

「ちゃんとくらくなるまえにかえってくるね! おかあさん。」
アーダンはララの返事を待たずに、街へと駆け出してゆく。

「ふう……あの子の元気さには毎日手を焼くわ。」
ララは言葉の割に嬉しそうな表情をしている。

「今日もあの子の為に、しっかりとお金を稼がないとね。」
ララは片手に持ったお酒を飲みながら、お店の開店準備を始めた。

アーダンを引き取る前から、ララは酒場の店主をしている。

ララにアーダンを押し付けたリザードマンは、店の常連客だ。

サテュロスが仕入れたお酒の中に、不味い物や外れはない。

安い酒ですら、そこらの人間が仕入れた同じ商品とは、比べ物にならないほど美味しいのだ。

彼女達のお酒に関する知識や仕入れルートは、どんな競争相手にも負けないだろう。

「さてと、今日は常連達にどれだけお金を落としていってもらおうかしら。」

常連客達を迎え入れる彼女の顔には、営業スマイルが張り付いている。





「ララさん、俺と結婚して夫婦になってくれよ?」
あきらかに酔っている常連客がララにニヤニヤしながら絡んでくる。

「はいはい、私には既に心に決めた男性がいるの、残念ながら売約済みよ。」

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