Obsolete blave

 僕達を撫でる微風。
 眼前に広がる緑。
 遠く見える威容。


 勝敗から先に言うと、僕達は勝った。
 奴らに気付かれる事無く、無事に関所越えを果たしたのだ。当然ながら、関所を越えるにはイヴが魔物である事を何とか隠し通す必要があった。
 世界最大の信教国であるレスカティエに魔物の出入りはご法度だ。だから、魔物が出入りする際には別のルートを使ったり、魔法で人間に化けたりする事が多い。事実、教国領にも魔物が棲みついているのだから、僕の知らないルートがあると踏んだ方が妥当だ。
 ただ、教国領に棲む魔物は討伐に来た騎士団を返り討ちにしてやろうという血気盛んな者が多く、イヴの様な小さな子が一人でいることは稀だ。どこかにイヴの母親であるサキュバスがいるのだろうが、関所を越えた今、教国領に棲んでいるのだとしたら、彼女には気の毒だ。僕のほとぼりが冷めるか、イヴが教国領に出入り出来る様な年齢になるまで待たなければならないのだから。
 子供であるイヴはまだ魔物が入ってくるルートは知らないだろうし、僕も無論だ。関所を通るとなれば、イヴの羽やら角やら尻尾は確実に衛兵の目に付く。だから、それを隠してしまえばいい。イヴがそういう魔法を習得していれば話は早いのだが、彼女はまだそこまでの技術は無かった。
 ではどうしたのかと言うと、至極単純だった。僕が付けているマントをフード付きのローブとして適当に見繕い、それをイヴに被せるだけ。イヴが羽と尻尾を畳めば、一目でこれが魔物だとはバレなくなる。後はイヴに、関所を越えるまでは絶対に喋ってはならないと言いつけておけばいい。
 問題は衛兵がそれを怪しまないかという事で、その場でイヴの正体がバレようものなら、僕達は強行突破する以外の方法が無くなってしまう。
僕はそればかりを気にして関所を通った。衛兵に呼び止められた時には心臓が口から飛び出そうになったくらいだ。
 衛兵は勿論フードを被ったイヴを訝しんで声を掛けたわけだが、僕は咄嗟に「恥ずかしがりな子なんです」、などと大嘘を吐いて何とか丸め込んだ。幸い、衛兵は強引にフードを外したりする事も無く、僕の素性に気付いたわけでもなかった。
 
 こうして僕達はギリギリの逃走劇に勝利を収め、永世中立国であるカルベルンに足を踏み入れた。ここまで来れば一先ずは安心出来るだろう。
 レスカティエがカルベルンに僕達の捕縛を要請したとしても、カルベルンはそれを聞き入れはしない。それはカルベルンの永世中立国という肩書による。魔物側に付いた人間はレスカティエでは大罪人も同然だが、カルベルンでもそうだとは限らない。それはそうだ、強盗などの本当の罪を犯したわけではないのだから。
 カルベルンでは人も魔物も平等だ。どちらにも贔屓せず、どちらにも嫌厭しない。だから、僕達が身を隠すには最適な場所だ。
 僕達は首都であるフロウトゥールを目指して歩いていた。霞むほど遠くに見える岩壁がそれだ。このまま行けば、昼下がりくらいには到着するだろう。そこで一旦宿を取って、その先は……

「エリスー……疲れたよぉ……」

 魔物とは得てして普通の人間とは比べものにならない程の身体能力を備えているものだが、幼体にもそれが当てはまるというわけではない。好例が僕のすぐ後ろにいる。
 最初は初めて体験する外界に目を輝かせていたイヴも、今は脚を震わせてだれていた。関所を越えて歩き始めてからもう大分経つし、僕は僕であの家から逃げ出してからというもの、ロクに休んでいない。勇者だった僕にも疲れが溜まってきているのも確かだった。

「……そうだな。少し休憩しようか」
「やったぁ!」

 イヴが期待していたであろう返答をすると、イヴはその場でぴょんと飛び跳ねた。飛び跳ねる体力は余っているらしい。
 僕達は手頃な木片の上に並んで腰を下ろした。辺りは開けた草原で、近づいてくるものがいれば、直ぐに分かる。
 遥か遠くの連峰。空と原が織りなす、青と緑のコントラスト。逃げ疲れた心を癒してくれる様な気がして、僕は顎に拳を当てた。
 始まってしまった僕達の旅。これから、どうしたものか。
 取り敢えず、首都に着いたら宿を取って、それから依頼を探そう。
 急いで逃げてきたものだから、家に残っていた食料はそのままだ。いくらか持って来れれば良かったのだが、出来なかった以上は今持っている分で軌道に乗せていくしかない。幸い、暫くは食べていけるくらいには残っている。
 イヴの里親を探して、それと、イヴが両手に抱いている、不思議な本……それに、イヴ本人が何者なのかも気になる。
 目下の指標はそれの解明になりそうだ。

「……エリス! エリスってば!」
「ん、ああ、ごめん。どうかした?」

 イヴは深く考え込んだりはしない。それは僕の役目だ。だから、熟考しているところを遮
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