開いた窓の外に目をやると、そう遠くないところに陽炎が揺らめいている。窓から入り込んでくるのは、そういう熱気と、自らの命を燃やして咽ぶ蝉の声ばかり。あとは、道路を通り去る車の通過音。
「あつい……」
うなだれながらに彼女がぼやくのを聞いて、うだる頭を落ち着かせて訊いてみる。
「……暑さ、吹っ飛ばしたいですか?」
あー、と彼女は唸りつつ頷いた。熱は頭に上るが、尚もそれを抑えて続ける。
「……それなら、まずは俺から離れましょう?」
彼女は即答した。
「やだ」
同時に、押し込めていた熱が一気に放出される。
「だーっ! 言ってることとやってることが矛盾してるじゃねーか! あついあつい言いながらベタベタまとわりつきやがって! お前を吹っ飛ばすぞ!」
ばたばた身じろぎしながら声高に主張する。
彼女とは同棲の関係にあるが、これが結構厄介で、何かと俺にちょっかいを出してくる。内面は繊細な奴だと理解してはいるつもりだが、こうくっつかれては必要とされているようで嬉しい一方、暑さも増すばかりで不快は不快だ。
「補充してるんだよー、もうちょいだけ」
彼女が暑さを感じない体を持っているわけではない。暑さを選ぶか、恋人を選ぶかという違いだ。魔物の多くは、恋人を選ぶらしい。魔物は人間とは違い、『精』というエネルギーのようなものを主食としている。これは人間の男性にのみ産出能力があり、主に性交によってこれを摂取する。ただし、『精』は微量ながらも体から発散されており、魔物側がこれを皮膚から吸収するというのもできない話ではないそうだ。
「わかったから、せめて俺の上に乗らないでくれ。重い」
うつぶせ寝の状態に乗っかられているのだ、熱気と重圧の二重苦は流石に堪える。暑い中叫んだからか体力が物凄い勢いで奪われている気がする。
「乙女になんてこと言うんだよ」
彼女が如何にも心外そうな声をする。女性の多くは体重を気にしているらしいが、それは魔物も例外ではないようだ。だが、これに対しては自分なりの持論がある。が。
「あのな……いいから、早く……」
最早それを彼女に説く気すら起きない。暑さで思考がぼやけてきた。
「あ、ああ……大丈夫か? 熱中症でも起こしたんじゃあ……」
彼女のふてぶてしい口調が途端に萎れだした。分かっている。彼女がまとわりつくのは、それだけ俺を必要としてくれているからだとは分かっている。
「とりあえず、離れて……」
息も絶え絶えに、くぐもった声で促す。魔物はある程度暑さに耐性があるようだが、人間はそうではない。扇風機が申し訳無さ気に首を振っているが、暑さは一向に引かない。風通しをよくしようと窓を開けてはいるが、日が差し込んでくるばかりで肝心の風は扇風機からしか来てくれない。そもそも八畳一間に二人という時点で、相当なものになっている。
「ほんとにつらそうだな……ちょっと待ってな」
気遣うような声で、彼女がキッチンの方へ向かっていった。打ち水でもしだすつもりだろうか。唸りながらごろりと仰向けになる。
二人……八畳一間に二人か。ほんの少し前までは、ここに一人だった。カノジョと同棲、なんて話は他方からも聞いてはいたが、そんな狭苦しいものよりは気楽な方が良いと考えていた頃もあった。実際、来てみれば、思いの外楽しいものだ。それだけ厄介事も増えるが、差し引きではプラスになっていると思う。間違いではなかったはずだ。何だか走馬灯のよう。いよいよ俺まずいんじゃないか。
霞んだ思考に身を委ねていると、彼女が何かを持って戻ってきた。包装された白い棒状の……あれは。
「ほら、アイス。食べられるか?」
声は普段よりも穏やかだった。これが聖女か。いつもこうであれば厄介事も減るというものを。だが、今は下手に憎まれ口を叩かずに彼女の気遣いに甘えておこう。
「ありがとうな」
素直に言うと、彼女の頬に薄紅が塗られて見えた気がした。
アイスバーを受け取って、包装を取って口に含む。冷気と共にバーがとろけてバニラの優しい甘味が口いっぱいに広がる。10本入り150円の安物だったはずだが、これがこんなに美味いとは。冷たさに夢中で頬張る。半分ほど食べたところで、思考はだいぶ元に戻ってきた。何であんな回想していたのだろう。
「助かった。ほい」
「え、何」
残りの半分を彼女に差し出すと、不思議そうな顔をされた。俺が一本食べきるという前提だったらしい。とはいえ彼女を尻目に一本まるごと貪るのも引け目がある。
「人間より暑さに対してマシっつっても全然平気ってことはないだろ。お前も食えばいい」
「え、あっ、ああ……」
彼女は崩されるように棒の先端が突き出たアイスを受け取った。何か躊躇いの見える顔だった。
「……なんだ? チョコの方がよかったか?」
「や、違う、その……」
彼女の
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