「あったかいね」
臙脂色の、柔らかなカーペットの上。窓からは、昼下がりの陽光が強すぎず弱すぎず照りつけている。ぼんやりと寝転がっていると、隣から微睡んだ声が聞こえる。魔物に床暖房というものはあまり馴染みの無いものなのだろう。彼女の説明はどうも要領を得なかったが、彼女たちの世界は僕たちの世界とは違ったものらしい。少なくとも、僕たちの世界よりは遅れている。
「……気持ちいい?」
「すっごく気持ちいいよ」
聞き返すと、弛緩した声が返ってきた。そう言うのも無理は無い。床暖房と陽光に挟まれて寝転がれば、誰だってそうなる。カーペットが干したばかりで、それも自分が慕っている者と手を繋いでいるなら尚更だ。
このまま、隣の彼女の手から伝わる体温を感じながら昼寝に興じるのも、それはそれで良い。俗に言うお日様の匂いと、彼女の匂いが混ざっているのなんて最高だ。ひどい幸福感を味わえるのはきっと確かだ。
けれど、僕は今一つそういう気分ではない。僕の気紛れに彼女を巻き込むのも何だか気が引けるが、ここで惰眠を選ぶのは愚行だと僕は判断してしまっている。巻き込むとは考えたものの、彼女は僕が求めれば先ず拒むことは無いだろう。いや、きっと僕が想定していた段階さえ飛ばそうとしてくるかもしれない。
なら、別に躊躇う必要なんて無い。どうなったっていい。どうせその先に待ってるのは底の見えない幸福でしかないのだから。
「……ねえ」
「なぁに?」
起き上がると、身を横たえる彼女の碧い目と合った。あと数分もこうしていれば眠ってしまいそうな、そんな目だった。
「ちょっと、起きてくれる?」
「どうしたの?」
不思議そうな顔で聞き返しながら、眠そうな目で彼女も身体を起こした。
「あの、さ」
「うん」
いざ、やろうと思って口に出そうとすると、これが中々どうして、結構気恥ずかしい。その行為自体は別段恥ずかしいものではないのだろうけれど、僕がその行為に大して過剰に意識してしまっているらしい。もうそんなに意識し合う様な間柄でもないのに、僕はどうにも目を伏せてしまう。
「……その……」
頭を掻いたり、目を泳がせたり、挙動不審。煮え切らない僕の態度を見ても、彼女は焦れる事もせず、僕の目を見ようとしている。しっかり躾けられた犬みたいだ。
「さわって、いい?」
閑古鳥が鳴いて少し後、つっかえがちな僕の声が部屋に透き通った。
「うん、いいよ」
散々右往左往した僕を嘲るかの様に、彼女は間も置かずに答えてくれた。声は弾んでさえ聞こえる。やっぱり、と僕は思った。
「背中、向いてくれる?」
「うん」
何の疑いも無く、彼女は僕の言う通りにしてくれる。振り向く直前に見えた彼女の顔は、僕でも何を考えているかは分かる。凄く、期待している顔だった。どこを、どんな風に触ってくれるのか。そういう、僅か程も曇りの無い顔だった。彼女を裏切るつもりは無い。彼女を我が儘にする傍ら、彼女の期待も満たそうと考えていた。
ちょこんと人形みたいに座っている彼女の背中。目線を上から下へ落としていけば、一対の角に尖った耳。金の髪。狭い肩。赤い羽。ハートの尻尾。選り取り見取り。
赤ワインで染めた様な一対の羽。外側から内側に、指を滑らせてみる。上部に付いている尖った部分を触ってみるが、痛みは無い。薄い羽を指で摘まむ。薄くて柔らかくて、力を込めれば、きっと簡単に引き裂けてしまう。脆くて、尊い。付け根。丸い縁に沿って指を滑らす。
「ふふ……」
彼女はここがあまり得意ではない。くすぐったそうに声を漏らしている。
髪も触ろう。空いた手で、彼女の金糸の様な髪を梳く。さらさら。指に全く引っかからない。感触は心地良くさえある。人形のそれと大して変わらない。髪の端を、指でくるくると弄んでも、全然癖は無い。その上、遊んだ髪がもっともっととせがむ様に甘い香りを醸し出す。悩ましい。
羽と同じ色をした尻尾は、彼女が身を捩らせるのと同期して、時折くねくねと動いている。羽に回していた手で、その動きを止めさせるように、ぴと、と人差し指を押しつけた。
「あ……」
彼女が小さく呻いて、尻尾の動きは硬直した。完全に固まってしまったわけではなく、僕の指の動きには素直に従う。スラロームしたり、ループを描いたり。
「はぅぅ……」
手で優しく扱いてみると、色の篭もった息が彼女の口から漏れた。少し先走り過ぎたかもしれない。扱くのはそこそこにして、髪を弄っていた手を、もう少し奥に入れ込む。すぐ傍に、温かくて柔らかい感触がある。肌。それは耳だ。
人間とは違う、尖った耳。けれどもその感触は、人間のそれと何ら変わらない。ぷにぷに、こりこりしていて、多分ずっと触っていられる。
「はぁぁぅ……」
それでいて、触られている方もそこまで不快にはならない。こんなに、さっ
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