擦れる靴と地面。
抜けてゆく爽風。
行進する僕達。
首都フロウトゥールを出て五日目。アルマリーク共和国へ入国してからは二日目になる。イヴは相変わらず眩しい位の笑顔を僕に振り撒いてくれるが、それが強がりに見えるのは気の所為だろうか。いくら彼女が魔物とはいえ、子供にはこの長距離移動は辛いものだろう。イヴは一人で暮らせる程度の知恵はあるが、流石に野宿には慣れていない。寝床であるベッドが草に変われば、女性だから渋い顔の一つもする。当の僕も、イヴが眠っている間は魔物や賊に襲われないように見張りをしなければならないので、ここのところは寝不足気味だ。だが、あと少しの辛抱。
整備された山道を、穏やかな風が吹き抜ける。昼前の空は雲が少し多くなってきて、日差しが強くなったり弱くなったりを繰り返している。目蓋は重いが、急いだ方が良いかもしれない。隣を歩くイヴの顔も、矢張り疲れて見える。確か、この近くに集落があった筈だ。一先ず、僕の寝床と食事に関しては心配無さそうだ。
「もう少し歩けば、この先に集落があるから」
「ほんと?」
イヴの表情に光明が差す。
「ああ、今日は温かい風呂と夕飯とベッドにありつける」
「やったぁ!」
満面の笑みで万歳をするイヴ。僕ですら有り難いと思うのだから、旅になれていない彼女の喜びも一入だろう。足取りも軽くなったようだ。そんなイヴの様子を見て、一抹の不安が過ぎる。
まだイヴには伝えていない事だが、この先にある集落は反魔物思想が強い。アルマリークという国自体は親魔物国家だが、そうなったのはほんの十数年前で、元々は反魔物国家だ。故に、地方では反魔物から親魔物への転換が追いついておらず、未だに反魔物を謳う地域は多い。この先の集落がそうであるというだけの話だ。魔物となれば、たとえ子供であるイヴを見ても、彼らは是が非でも彼女を追いだそうとするだろう。
集落に滞在している間は、イヴの正体を隠しておく必要がある。正体がばれて同行者が僕だと分かれば、僕も留まってはいられないだろうし、何よりもイヴの身に危険が迫りかねない。なるべく厳重に隠したいところだが、出来るのはレスカティエの国境を越える時と同じ手口だけ。不安は残るが、背に腹は代えられない。ヴェルドラならば擬態の魔導書の一つくらいは置いてあるだろうに、そこが目的地だというのがもどかしい。
イヴは魔物ではあるが、魔法を使う場面は日常生活においてだけで、魔術師が用いる様な魔法は使わない。素養はあるのだろうが、本人にその意志が無い。
「イヴは、自分で魔法を使ったりはしないんだよな?」
「うん」
「覚えようとは思わないのか?」
「お勉強、きらいだもん」
「だろうね……」
駄目で元々の質問に、イヴはあっけらかんとして答える。魔物は、オーガなどの一部例外を除いて、多くは人間よりも魔術の扱いに長ける。高度な魔法を覚える際にも苦労が少ないし、魔物にしか使用出来ない魔法というのも存在する程だ。僕としては、イヴがある程度の魔法を扱えるのであれば、特にこれからという時に、有り難いのだが。当人がこの調子では期待出来そうもない。無理強いするわけにもいかないし、僕一人の裁量次第だ。予想出来ていたし、分かってはいるが、言葉に溜め息が混じる。そんな感じで、少し憂鬱になっていた時だった。
「ひっ……」
側の茂みが突然、がさがさと大きく揺れる。イヴが小さく悲鳴を上げて僕の腕にしがみついた。
「下がって」
僕はイヴの前に立つ様にして、彼女を茂みから遠ざける。次の瞬間、茂みから黒い影が僕達の前に飛び出した。影は丁度、人間と同じ大きさだ。一度だけではない。二度、三度、四度……影は合わせて四つ、僕達の前に立ちはだかった。僕は眉を顰めてそれを見つめる。イヴの掴む力が強くなった。
「おい……命が惜しかったら、金目のもん全部置いてきな」
野太く濁った声が投げつけられる。粗末な格好に大振りの斧。山道を通る人間を襲う山賊だ。青年と子供が一人ずつとなれば、略奪の標的としてはうってつけだと考えたのだろう。
「退くつもりは無いんだろうね」
腰に佩いた細身の長剣を抜き、白銀の切っ先を野蛮の者に向けて重い声を響かせる。説得で切り抜けられる様な相手ではないのは分かっている。しかし、出来るならば、無駄な戦いはしたくない。無用な血は見たくない。
「ほう……やるってのか?」
首領格と思われる大柄の男がにたりと口を歪ませる。場数で言えば、こちらは圧倒的に劣っている。故に、こいつらは自分達が負けるなどとは思っていない。蛮勇を嘲る顔だ。
僕は一切の反応を示さず、右手の剣を握り締めて構える。矢張り。気は進まないが、これが最も手っ取り早い方法だ。嘗て勇者だった僕なら、尚更。
「やっちまえ!」
首領格が啖呵を切ると、取り巻きの三人が斧を
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